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日本史・異聞編纂録 大谷吉継はなぜ西軍に立ったのか 〜関ヶ原証言録〜  作者: 九条ケイ・ブラックウェル


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第二篇 黒田長政の証言

黒田長政は、東軍の将である。

父は豊臣秀吉の軍師として名高い黒田官兵衛。

関ヶ原において東軍の中核を担い、戦後は筑前五十二万石を与えられた。

徳川家康の信任も厚く、関ヶ原後の論功行賞において最も恩恵を受けた武将のひとりとされる。


大谷吉継とは、豊臣政権下において同僚として長く共に働いた。

盟友と呼んでも差し支えない関係にあったとされるが——

長政本人は、その言葉を好まなかった。


以下の証言は、関ヶ原から数年後、長政の居城・福岡城にて行われた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


——本日はお時間をいただき、ありがとうございます。


 手短に頼む。


 私は忙しい。国の普請が山積みでな。あなた方のような方々の相手をしている暇は、本来ないんだ。


——承知しております。大谷吉継様についてお聞きしたく。


 ……。


 わかっている。それ以外に私に聞くことはないだろう。


 (しばらく沈黙)


 何を聞きたい。


——長政様と大谷様の関係を、まずお聞かせください。


 同僚だ。豊臣の奉行として、共に働いた。それだけだ。


——「それだけ」とおっしゃいますが、親しくされていたとも聞いております。


 ……誰から聞いた。


 まあいい。親しかった、という言い方が正しいかどうか。


 あの男は——吉継は、人と「親しくなる」ということを、あまりしなかった。壁がある、というわけでもない。話せば面白いし、頭も切れる。一緒にいて苦にならない。ただ、どこかに——線があった。


 ここまでは見せる。ここから先は見せない。


 そういう線が、はっきりある男だった。


——長政様は、その線の内側にいたとお思いですか。


 ……さあ。


 私はそう思っていた。あのときは。


 今はわからない。


 豊臣の世というのは、ご存知のように、様々な人間が入り乱れていた。秀吉様の下には、譜代の家臣もいれば、成り上がりもいれば、降伏した大名もいる。みんながそれぞれの算盤をはじきながら、表では仲良くやっていた。


 そういう場所で、吉継と三成は——特別だった。


 あの二人だけは、算盤をはじいている感じがしなかった。少なくとも、私にはそう見えた。三成は信念で動いていた。吉継は……吉継は、別の何かで動いていた。


——「別の何か」とは。


 それがわかれば、こうして話す必要もない。


 (苦笑)


 ……吉継は、損得で動かなかった。それは確かだ。あれほど頭が切れる男が、損得で動かないというのは、かえって怖い。


——怖い、とおっしゃいますか。


 そう言った。


 損得で動く人間は読める。次に何をするか、だいたい予測できる。だが吉継は読めなかった。何を考えているかわからない。何を見ているかわからない。


 いつも、こちらが思っているより、一段上から物事を見ているような——。


 (言葉を切る)


 まあ、優秀な男だったということだ。


——関ヶ原の前、吉継様から何か連絡はありましたか。


 ……。


 ない。


——本当に、何も。


 ないと言っている。


 (間)


 ……なぜそんなことを聞く。


——長政様と吉継様の関係を考えれば、西軍に誘う書状があってもおかしくなかったと思いまして。


 …………。


 そうだな。


 確かに、おかしかった。


 三成は諸大名に書状を送りまくった。あちこちに使者を出して、西軍への参加を呼びかけた。私のところにも来た。当然断ったが。


 だが吉継からは——何も来なかった。


 一通も。


——それを、どう受け止められましたか。


 最初は……気にしなかった。


 吉継は病が重かった。それどころではなかったのかもしれない、と思っていた。


 だが関ヶ原が終わってから、ずっと引っかかっている。


 なぜ吉継は、私に声をかけなかったのか。


——長政様はどうお考えですか。


 私が断ると、わかっていたからだろう。


 ……そう思っていた。最初は。


 (長い沈黙)


 だが最近、別のことを考えるようになった。


——と、おっしゃいますと。


 吉継は——私が東軍にいることを、必要としていたのかもしれない。


 (静かに、しかし確信を持った声で)


——それはどういう意味でしょうか。


 ……いや。


 これ以上は、私の憶測に過ぎない。証言にならん。


——ぜひお聞かせください。


 (しばらく間を置いて)


 吉継はすべてを計算していた。誰が東軍につき、誰が西軍につき、誰が裏切るか。全部、見えていたはずだ。


 そうだとすれば——私が東軍にいることも、計算の内だったかもしれない。


 私を西軍に誘えば、私は断る。断れば関係が壊れる。吉継はそれを望まなかった。


 あるいは——私が東軍にいることで、何か守られるものがあった。


——何が守られるのでしょう。


 ……。


 わからない。


 ただ関ヶ原の後、私は吉継の旧臣たちを、できる限り取り立てた。家康様には内緒で、だ。なぜそうしたのか、自分でも理由が言えない。


 気がついたらそうしていた。


 吉継に——そうしろと言われた気がして。


 声が聞こえたとか、そういうことではない。ただ、そうしなければならない気がした。あの男の目を、最後に思い出したとき。


——関ヶ原当日、吉継様の陣を見ましたか。


 見た。


 霧の中で、最後まで崩れなかった。小早川が寝返っても、脇坂が動いても、吉継の陣だけは持ちこたえていた。


 ……あれは、異様だった。


 私は東軍にいながら、思ったんだ。あの陣を崩すのは、人間にできることではないと。


——感嘆されたと。


 感嘆などではない。


 (声が低くなる)


 恐ろしかった。


 勝ち戦の最中に、私は恐ろしかった。あの男は負けると知りながら、笑って戦っているような気がした。何が可笑しいのか、何がそれほど清々しいのか。


 勝っている私には、わからなかった。


 今も、わからない。


——吉継様は、なぜ負ける側に立ったとお思いですか。


 ……三成のためだと言いたいところだが。


 三成への義理だけなら、もっと早くに止められた。止める力が吉継にはあった。兵力でも、知恵でも、人望でも。


 それをしなかった。


 つまり——三成を勝たせることが目的ではなかった、ということだ。


 では何が目的だったのか。


 (静かに、独り言のように)


 あの男が何かを書き残していれば、わかるかもしれない。


 必ず書いているはずだ。


 吉継は、自分が経験したことを——誰かに伝えようとする人間だった。ただ誰に伝えるべきか、最後まで迷っていたような気もする。


——長政様に宛てた書状が、あるかもしれないとお思いですか。


 ……。


 (長い沈黙の後)


 あったとしても、私には読む資格がない。


 私はあの男を——裏切ったのかもしれないから。


 戦場で敵に回ったという意味ではない。


 もっと、ずっと前の話だ。


 ……もういいか。普請の者が待っている。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


黒田長政は立ち上がり、そのまま部屋を出た。

最後の言葉について、筆録者はそれ以上問うことができなかったと記している。


「もっと、ずっと前の話」——その意味は、明かされなかった。


長政はこの証言から十七年後に没した。

享年五十九歳。

大谷吉継について語った記録は、これが唯一のものとして残っている。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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