第一篇 湯浅五助の証言
湯浅五助は、大谷吉継の家臣である。
関ヶ原の戦いにおいて主君の首を自ら埋め、その後、東軍に投降。
介錯を申し出た藤堂高虎の武士としての礼節に感じ入り、自らその場で腹を切って果てたと伝わる。
以下の証言は、五助が投降から切腹までのわずかな時間に語ったものとされる。
筆録者の名は、記録に残っていない。
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——まず、主君・大谷吉継様のことをお聞かせください。
どこから話せばよいのか。
……吉継様は、笑っておられました。
最期の瞬間まで。
それだけは、申し上げておかなければならない。私がこうしてここにいるのも、それをどうしても誰かに伝えたかったからです。負け戦の大将が、あのような顔で逝ける道理がない。普通であれば。
——「笑っていた」とは、どういう意味でしょうか。
私にも、わかりません。
いや——わかっているのかもしれない。ただ、言葉にすると何かが損なわれる気がして。
……少し、順を追って話させてください。
私が吉継様にお仕えしたのは、もう二十年近く前のことになります。まだ吉継様がお若く、豊臣の奉行として天下を縦横に駆け回っておられた頃のことです。
最初に会ったとき、正直に申し上げると、怖い方だと思いました。
怖い、というのは——そう、目です。目が、人を見透かすんです。初めて拝謁した日、私はただ廊下に控えていただけなのに、通りすがりに一瞬だけ視線が合った。それだけで、全部見られた気がした。
後から聞いたら、吉継様はその日初めて会った人間の名前と、どこから来たか、何が得意かを、翌日にはすべて把握しておられた。何十人いても。
そういう方でした。
——病については、いつ頃から。
私が仕え始めた頃には、すでに。
はじめは顔に布を当てておられるだけでした。それが年を追うごとに、だんだんと……。茶会に出られることも難しくなって、人前に出るのを、ご自身で避けるようになっていった。
ただ、愚痴をこぼされるのを、私は一度も聞いたことがない。
一度だけ、夜遅くに私が書状を届けに上がったとき、吉継様が縁側で月を見ておられました。気配を感じて振り返られたとき、布が少しずれていた。私は思わず目を伏せた。
吉継様は何も言われなかった。ただ静かに布を直して、「ご苦労」とだけおっしゃった。
……それだけのことです。でも私はあの夜のことを、ずっと忘れられない。
——関ヶ原の前夜、主君はどのような様子でしたか。
穏やかでした。
それが——おかしかった。
三成様は眠れておられなかったと聞きます。他の将も、皆一様に殺気立っていた。夜営の中には怒鳴り声も聞こえた。あの夜の空気は、刃のようでした。
なのに吉継様は、夕餉を静かに召し上がって、書状を二、三枚書かれて、それから横になられた。
私が外で控えていると、しばらくして中から声がかかりました。「五助、眠れぬか」と。
眠れません、と正直に答えたら、笑って「そうか」とだけおっしゃった。
——書状の宛先は。
……わかりません。
私は中身を見ていない。翌朝、気がついたらもうなかった。誰かに届けられたのか、それとも——破棄されたのか。
ただ、一枚だけ。吉継様が書き終えてから、しばらく手に持ったまま、動かずにいた書状がありました。いつもより、時間をかけておられた。
宛名は——見えませんでした。
でも私には、なんとなく、わかる気がした。
——三成様への書状だと。
……そう思いたかっただけかもしれません。
翌朝の戦は、最初から様子がおかしかった。
西軍の将たちが、動かない。
小早川の陣はずっと沈黙していた。脇坂の陣も怪しかった。霧が晴れるにつれて、じわじわと、悪い予感が形になっていくような——。
私が「殿、いかがなさいますか」と申し上げたとき、吉継様はすでに御存知だったと思います。全部。
「わかっている」とだけおっしゃいました。
——全部、とは。
誰が裏切るかということです。
いつ、どこで、誰が寝返るか。吉継様にはすべて、見えていたのだと思います。それでも陣を動かさなかった。兵を鼓舞して、崩れる西軍を何度も立て直そうとされた。
小早川が東軍へ向けて動き出したとき、吉継様は「やはり来たか」と言った。
驚かれなかった。
ただ一言——「やはり」と。
——それは、絶望の言葉ではなかったと。
違います。
……そう、違うんです。うまく言えないのですが、「やはりそうか、ならばこれでよい」というような。そういう声でした。諦めではなく、むしろ何かが確認された、というような。
私にはその意味が、あのときはわかりませんでした。
最期のことを、話します。
吉継様が自刃を決意されたのは、午後に入ってからです。もはや戦況は覆しようがなかった。輿の中で静かに覚悟を決められた。
私に言われたのは、「首を敵に渡すな」ということだけでした。
他には何も。
自刃を介添えして、私は主君の首を懐に抱いて、人目につかぬ場所を探した。松の根元に、浅く、丁寧に埋めました。
土をかけ終わったとき、私は初めて泣きました。
声を出して泣いたのは、生まれて初めてかもしれない。
——投降を決めたのは、なぜですか。
吉継様が笑っておられたからです。
自刃の直前、最後に顔を見たとき——布の下で、笑っておられた。
はっきりとは見えなかった。でも確かに、笑っておられた。
その顔を見たとき、私は思ったんです。この方は、勝てないと知りながら、裏切られると知りながら、それでもここに立ったことを——後悔していない。
なぜそう思えたのか、私にはわからない。
ただ、そう思ったとき、もう私には戦う理由がなかった。逃げる理由もなかった。ここで終わりにしようと、自然に思えた。
——最後に聞かせてください。大谷吉継様は、何のためにあの戦いに立ったとお思いですか。
……長い間、考えてきました。
三成様のため、と最初は思っていた。あの方の友情は本物だったから。
でも今は、違う気がしています。
吉継様は——何かを、残そうとしていたのではないかと。
勝ち負けではなく、豊臣でも徳川でもなく。
この乱世に、筋を通した人間がいたという——ただそれだけのことを、どこかに刻もうとしていたような。
私にはそれが何なのか、まだわからない。
でも吉継様の手記がもし、どこかに残っているなら——そこに答えが書いてある気がします。
あの方は必ず、書き残していると思う。
そういう方でしたから。
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湯浅五助は、この証言を終えた後、静かに腹を切った。
享年、不詳。
主君の首を埋めた松の場所は、いまも誰も知らない。
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