王太子と婚約者の仲を進展させるため、今日も『お友達』は偽恋人を演じます!
「あら、マルクス。ネクタイ曲がっているわよ」
私は手を伸ばして、マルクスの制服のネクタイを直した。
「ありがとう、ヘレナ」
マルクスは優しく微笑む。
「ふふ、2人は本当に仲がいいのね」
私の『お友達』である王太子の婚約者マリアンナ様がニコニコしている、可愛い。
「今から尻に敷かれていていいのか…?」
王太子であるアリック様が呆れながら、私たちを見ていた。
ええ、いいんですよ!
だって、あなた方のためですからねっ!
ここは貴族が通う学園であり、私たちは同級生だ。
我が国は自由恋愛に寛容で、多くの者がこの学園に通っている間に結婚相手を探す。
だが、流石に国のトップである王太子とその婚約者は別で、2人は恋愛を自由にすることはない。
そんな中で学園入学直前、私とマルクスには、秘密裏に王命が下ったのだった。
『アリックとその婚約者のマリアンナの仲がどうにも進展しない。余所余所しい。学園にいる間に2人の仲を深めてくれ』
というわけで、私とマルクスは毎日奮闘しているのであった…。
「だはあああ、疲れたああ〜〜〜〜!」
放課後、学園の会議室に入るなり、私は机の上に腕を放り投げた。
「そんな姿、マリアンナ様に見られたら引かれるぞ」
マルクスは今朝ネクタイを直した時とは打って変わって、冷めた目でこっちを見てくる。
そりゃあそうだ、私たちは本物の恋人同士ではないのだから。
「マリアンナ様の前ではちゃんと猫被るもーん」
「本当にマリアンナ様が好きだねえ」
「大好き!あんなに可愛らしくて愛らしい方はいないわ!王命で唯一感謝しているのは、マリアンナ様の『お友達役』になれたことよ!」
マルクスは将来の側近候補、私は王妃の遠縁という理由で選ばれ、それぞれ2人のそばにいることとなった。
そんな私たちの今実行しているのは、『程よい距離感の恋人を見せる』作戦だ。
アリック様はだいぶ素直になれない男であり、またマリアンナ様は人一倍恥ずかしがり屋だ。
あの2人にハードルの高いことを見せたら、顔すら合わせなくなってしまうわ。
濃厚なイチャイチャなら、学園中の本物の恋人たちが見せつけてくれるしね。
これでも、だいぶ良くなったんだから。
入学当初はマリアンナ様が挨拶して、アリック様が「ああ…」というだけで1日終わっていた。
私たちがそれぞれと『お友達』になってから、私とマルクスが恋人のフリを始めて、節度のある付き合いを見せているからか、2人も安心して一緒にいてくれる。
今では4人でいるのが当たり前になったんだから。随分進展したわよ!
「ああ〜、マリアンナ様が将来王妃になられるのが今から楽しみ〜!それに引き換え、あの頑なクソ王太子めええ〜〜!」
「不敬罪で捕まるぞ」
そうは言いつつも、マルクスの顔にも『気持ちはわかる』って書いてある。
アリック様ときたら、なんんんんにもしないんだから!!
手紙も花も贈らない、手も繋がない、エスコートもしない!
もう、なんだったらするわけぇっ!?
「まあ、アリック様が素直になれないのは育ちもあるし」
マルクスは王太子の肩を持つらしい、何よ側近みたいにしちゃってさ。
この国で一番仲のいいカップルは誰かと聞かれたら、全員が国王夫妻だと答えるだろう。
それぐらい常に一緒だし、互いへの愛の示し方が熱烈だ。
それを見て育った王太子少年は、羞恥と気まずさと素っ気なさとで出来上がった。
恋人らしい振る舞いに抵抗があるのは、見ていてわかる。
「だからってさあ、ずっとああしているつもりなの!?学園を卒業したらもう結婚なのよ?仮面夫婦にでもなるつもり!?そんなのマリアンナ様が寂しい顔をされるに決まっているじゃないっ!」
「今朝のネクタイくらいがちょうどいいと思ったんだけどな」
「あら、マリアンナ様には効果あったわよ。あの後『新婚さんみたいでドキドキしちゃったわ』って頬を染めながら教えてくれたもの。王太子相手に想像したはずよ」
「マリアンナ様は、アリック様のことを想ってはいらっしゃるから」
「そう、行動に移せないだけでね!本当に可愛らしいんだから!」
「えこひいきだなあ」
マルクスの呆れ顔はもう見飽きた。
ああ〜、次は手を繋いでいるところでも見せるかあ…。
「試験勉強なら、王城の余った部屋でするか?」
アリック様の提案で、私たちは王城に来ていた。
「そう、だから答えがこちらになるんですよ」
「なるほど〜。マリアンナ様の教え方、わかりやすいです!ありがとうございますっ!」
「ふふふ、ヘレナは教えなくても優秀じゃない」
あー、可愛い、もういっそのこと私の隣で笑っててほしい〜〜。
それで『お友達役』じゃなくて、本当に友達になれたらいいなあ。
「そろそろ休憩にしますか?」
マルクスの言葉を合図に、私は立ち上がった。
「マリアンナ様、せっかくだしお庭に出ませんか?今は薔薇が見頃らしいんですよ」
「あら、素敵ね」
「なんだ、ヘレナは僕と一緒にいてくれないの?」
マルクスが甘い顔で、私に手を差し伸べる。
この人、将来詐欺師にでもなっちゃうんじゃないかしら…。
「あ、でも…」
私は、わざとらしくちらりとマリアンナ様を見た。
すみませんマリアンナ様!本当はあなたと薔薇を見にいきたいんです!
心底不本意なんですが!
これが私のやるべきことなんですっ!
明らかに残念そうな顔を覗かせながらも、さすが未来の王妃様、すぐに優しい笑みを見せた。
「マルクス様のヘレナを独り占めするわけにはいきませんものね」
ちがうんですっ、私はマリアンナ様のものですう〜〜〜!!
「…じゃあ、俺と行くか?薔薇園なら案内できるぞ」
「「「…!」」」
私とマルクスは顔には出さなかったけど、驚いた。
アリック様が、誘っているところをはじめて見た。
それはマリアンナ様も同じようで、今度は驚いた顔を隠せていなかった。
「…で、では、お願い致します」
「…ああ」
照れながら小さい声で返すキュートなマリアンナ様に、アリック様も無愛想ながら頷いて、2人はぎこちなく部屋を出ていった。
「何!?どういうこと!?マルクス、とうとう痺れ切らして魔術でも使っちゃった!?」
「まだ魔術は訓練中だよ。快挙だ、アリック様がご自身で…」
「マルクス、感動して惚けている場合じゃないわ!追うわよっ!」
「ああ、隠れる場所の目星はついている」
私たちは、2人に気づかれないように追いかけた。
「…ガゼボで休まれたわよ、いいポジションじゃない!やるわね王太子」
「…はい、盗聴器」
マルクスは耳に入れられる魔道具の片方をこちらに寄越してくる。
私はそれを右耳に入れた、…感度よし、しっかり聞こえる。
マルクスにOKサインを出すと、2人から目を離すことなく無言で頷いた。
『…あの、ありがとうございました、連れ出してくださって』
『…いや』
「天使!マリアンナ様天使よ、ご自分から話されたわよ、頑張ってる!」
「しっ、静かにして」
茂みから様子を伺っているが、並んで座っている2人は微妙な距離を空けている。
「あの距離、どうにかならない?」
「魔法で風でも吹かす?」
『えっと、ヘレナとマルクス様は仲がいいですね』
『…そうだな。他の生徒よりも適切な距離感で好ましいな』
そりゃあ、あなた方が照れて口も聞かなくなっちゃいそうですからね。
『この前のネクタイを直しているのも、微笑ましかったですし』
『マルクスの奴、威厳が欠けているがな』
「あああ、話題のネタが私たちしかない…!頑張れよ、王太子っ!」
「2人きりで会話できているんだから及第点にしてあげなよ」
『ヘレナは私と2人の時は、マルクス様の文句を言われるのですよ、それが可愛くて』
はあああ!?天使に可愛いって言われましたが!?
『文句なのにか?』
『青色が好きだと言ったのに紺色のリボンをプレゼントされたんです、話聞いてないのかしら?って、ふふふ、仲がいいからできることですもの、可愛いですわ』
『そんなことで怒られるのか…』
『あ、いや、私は怒りませんよ!殿下からいただけるものならなんでも嬉し、あっ』
そこまで口走ってマリアンナ様は、両手で口を塞がれた、可愛い。
『…俺は君に何も贈ったことがない』
『あ、いえ、その』
『悪いとは思っている。…ただ、両親のようにしないといけないと思うと、その、動けなくなってしまって…』
珍しくアリック様が自分の気持ちを吐露している、何か変化でもあったのかしら。
『アリック様は国王夫妻ではございませんわ。同じようにしなくていいと思います』
マリアンナ様も珍しく目を逸らすことなく、アリック様を見つめていた。
『私も学園の皆さんを見ていて、恋人とはあんなふうに…その大胆に過ごすのかと萎縮していたのですが、ヘレナとマルクス様を見ていると人それぞれなんだと思うようになりました』
…ちょっと待って、泣きそう。
マルクスは2人を凝視しながら、何も言わずにハンカチを渡してきた。
遠慮なく受け取って、落ちそうだった涙を拭いた。
『…そうだな。あの2人は穏やかに気持ちを育んでいる。見ていてソワソワしなくていい』
『わかります。2人を見ていると、落ち着きますよね』
『ああ。確かに、両親のようではないが、2人は互いを大事にしているのがわかるな』
『はい、あのような関係は素敵ですよね』
マルクスから、無言で拳を差し出された。
よかった、私たちのやってきたことは間違っていなかったんだ…。
私も拳を出して、マルクスの拳とグータッチした。
『…マリアンナ』
『…はいっ』
『これからは、その、俺なりに努力する。だから…、俺たちなりに歩み寄るというのはどうだろうか』
はーーーーっ、何を今更と言いたいけど、頑張りましたねアリック様…!
ああ、もう、涙が止まらないよ。
マルクスのハンカチを濡らしながら、私は2人を見守った。
『もちろんです。私も努力いたしますわ、よろしくお願いしますアリック様』
ううう、私の女神がこれ以上ないくらい美しく微笑んでらっしゃる、可愛い…。
あれを見てなんとも思わない王太子は、イカれていると思う…、あれ?
なんか、いつもと様子が違うな。
アリック様は少し目を逸らした後、ずっと宙ぶらりんだった右手をマリアンナ様の方に近づけた。
それに気づいたマリアンナ様も、左手を少しずつアリック様の方に動かしていく。
手!あの2人、手を重ねようとしている!!!
私は、バシバシとマルクスの肩を叩いた。
「わかってる、見てるっ」と、マルクスもちょっと興奮気味だ。
2人らしく、ほんとに少しずつ、でも確実に近づいていって──。
…ゴクリ。
私かマルクスかあるいはどちらもか、もう緊張してわかんなかったけど、固唾を呑んだ音がした。
指先が触れる、と思った時だった。
「アリックとマリアンナじゃないか〜!」
…おい、コラアああああああああ、国王おおおお!!!!!!
こんな口汚くないだろうけど、似たような心の叫びが隣から聞こえた気がした。
「なんだ、手を繋ごうとしていたのか!お前たち仲良くなったのか!ははは、いいことだ、嬉しいのう、愛いのう〜〜〜!」
ああああ、今、まさにっ、いいとこだったのに…!
もうダメだ、アリック様もマリアンナ様も互いとは反対方向を向いてしまった。
当然、手も触れ合う前に離れた、…あああああ。
「お前たちこれからも仲良くするんじゃぞ。ではな、我は王妃とお茶してくるからのう」
言いたいことだけ言って、国王はどこかに行った。
「国王じゃなかったらぶん殴りにいくとこだった…」
「不敬罪どころじゃないから、やめなね…?」
はああ、と私とマルクスは同時に深い溜息をついた。
指摘されちゃったもんだから、アリック様は複雑な顔で右手を震わせているし、マリアンナ様は両手で赤くなった頬を包んでいた、可愛い。
「次は王城以外を選ばなきゃだな」
「そうね、お忍びで街に行くとかの方がいいわよ。知り合いの目がなくて」
「ああ、それいいな。計画立てに戻ろうか」
「そうね、2人も部屋に戻ってくるだろうし」
私はマルクスにハンカチを返して、先に歩いた。
「マリアンナ様なら洗って返してくれるぞ、きっと」
「あら、マリアンナ様なら『アリック様のハンカチ、恥ずかしくて受け取れなかったの』って言うわよ」
「その前にアリック様がハンカチ貸せるかな…」
「まだ無理じゃない?でもそのうちできるようになるわよ、今の2人ならっ!」
了
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