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CHANGE ~県立実里丘高校男子バレーボール部の変革~  作者: 貴堂水樹
第1セット 崩れたジェンガ

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8/8

2-5.バレーが好きなら、やめちゃダメだ

「悔しいんじゃないのか、本当は」


 伊達をアシストするように雨宮は言った。


「自分がもっとうまくやれてたら。そんな風に思っちまってたんだろ。佐藤や俺と同じように、おまえもさ」


 俺、と言った雨宮の言葉に、伊達はようやく口を開く力を得たようだった。


「きみも?」

「そう、俺もだ。思ったよ、今回のことで。俺が佐藤みたいな圧倒的エースだったら、おまえがどんなトスを上げようと、おまえのことを最後まで支えてやれたのに、って」


 情けないよな、と雨宮はここへ来てはじめて顔を下げた。キャプテンとして、唯一の同級生プレイヤーとして、雨宮なりに琉聖たちとは少し形の違う後悔の気持ちをかかえていたことを琉聖は知った。

 一方で、伊達は今日はじめてみんなの前で笑みを浮かべた。雨宮の本音が、伊達の心を動かした。


「無理だよ、きみには。エースって柄じゃない」


 いつもの調子に限りなく近いトーンの声が返ってきて、雨宮は再び顔を上げた。


「公恭」

「ぼくが悪いんだ」


 伊達は伏し目がちに、力なく語り始めた。


「全部、ぼくが悪い。久慈のせいにするつもりなんてなくて、軽い気持ちで引き受けたわけでもなかったから、うまくいかない、どうしてうまくいかないんだろうって、考えても考えても、答えが出なくて」

「肩に力が入りすぎなんだよ」


 雨宮が微笑みながら伊達の両肩に手を置いた。


「言ってただろ、おまえ。『気楽にやるよ』って。そのとおりにすればいいだけだって」

「ぼくだって最初はそう思ったよ。どうせ久慈が戻ってきたらぼくは用なしなんだから、って。だけど……」


 胸が痛くなったのは琉聖だけではなかった。全員が伊達の本当の気持ちに気づいた表情を一斉に浮かべた。


「今は誰が前衛だとか、どこでどんなトスを待ってるとか、相手チームのブロッカーは誰をマークしているだとか……。コートの外から見ている時には冷静に判断できるのに、いざ自分がセッターとして試合に出ると一気になにもかもがわからなくなる。パニックになるんだ。目の前が真っ暗になって、やるべきことを見失う。セッターは必ず二本目のボールを触らなくちゃいけない。だけど思っちゃうんだよ、ぼくのところに回ってくるなって。誰か代わりに二段トスを上げてくれ、って。みんなが一生懸命ボールをつないでくれてるのに、ぼくがヘタなばっかりに、みんなの苦労を台無しにしてることがすごくつらい。すごく、悔しい」


 その声は徐々に震えていった。眼鏡の奥の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちる。


「バカだよね。ぼく、もう少しうまくやれると思ってた。だけど、ダメだった。久慈と比べることがナンセンスだってわかってても、みんながすでに久慈のレベルまで追いついてて、ぼくだけが取り残されているような気がして、焦って」

「そんなわけないだろ」


 雨宮は伊達を励ますことをあきらめない。


「誰もおまえ一人を置いてなんかいかないって」

「わかってるよ。みんながそういう人たちだって、よくわかってる。だけど、今はすごく怖いんだ、コートに立つことが。バレーをどんどん嫌いになっていく、バレーをやりたくないって思ってしまう自分のことが信じられない。なにもできない、チームのお荷物にしかなれない自分が、嫌いで、情けなくて」

「公恭」


 いつの間にか涙でいっぱいになった顔で、伊達ははじめて雨宮に助けを求めた。


「ぼくはどうすればいい、裕隆。こんなにバレーが好きなのに、チームの役に立つセッターになりたいのに、怖くて、部活に足が向かないよ」


 きれいな涙だった。前向きな理由で流した涙だからかもしれない。

 琉聖はホッとした。琉聖だけじゃない。伊達の本音を聞けば、誰もがわかる。

 最初から彼に、多くを求めすぎたのかもしれない。そんなつもりはなかったけれど、気づけば伊達には必要以上の負荷がかかっていた。考え込ませすぎてしまった。


 でも、これからは改善できる。彼が本音を話してくれたから。

 彼は必ず、部に戻ってくる。引き戻してくれる仲間がいる。

 その人は、伊達をそっと抱き寄せた。


「大丈夫」


 雨宮は伊達の頭を優しくなでながら語った。


「怖いなら、怖くなくなるまで練習しよう。何度でも失敗すればいい。自信がつくまで、どれだけでも」

「裕隆」

「俺がいくらでも付き合ってやる。朝から晩までみっちりな」


 伊達は雨宮から離れ、雨宮とまっすぐ目を合わせた。

 

「それはやだ」

「あっそ」


 素っ気なく答えつつ、雨宮は笑う。伊達の顔にも笑みが浮かび、眼鏡をはずして涙を拭いた。

 ふぅ、と伊達が一息つく。ずっとかかっていた霧が晴れたような表情になった。

 待ち構えていたかのように、雨宮が伊達に声をかけた。


「戻ってこいよ、公恭」


 懇願ではない。

 しっかりと前を向いた伊達の心に、雨宮はただ優しく寄り添った。


「久慈はああ言ってたけど、やっぱりこいつを愛知県選手権に出すわけにはいかん。俺たちには、おまえが必要だ」


 全員がうなずく。改めて、チームの気持ちが一つになった。


「技術はいらない。俺たちは全員、まだまだヘタクソなんだ。技術は春高までに磨けばいいから、今はただ、バレーが好きだって気持ちだけ持って戻ってこい。おまえは全然、チームのお荷物なんかじゃない。絶対に欠けちゃいけない、うちのチームの大切なピースの一つだから」


 そうだよ、と誰ともなく声が上がる。伊達の瞳が少しずつ、本来の色を取り戻していく。

 最初からなにもかもがうまくいくなんてことはあり得ない。今日の青空だって、明日にはまだ梅雨の曇天に戻ってしまうかもしれないのだ。

 夏はまだ始まったばかりで、これからどんどん暑くなる。季節だって日を追うごとに深まっていくのだから、琉聖たちもそうあればいい。

 琉聖たちのかかげるチーム完成目標地点は秋、春高バレー名北(めいほく)地区予選会だ。それまでたっぷりと時間をかけて、一歩ずつ目指す場所へと進んでいく。(ひと)夏あれば、全員が十分に成長できる。なりたい自分に、なりたいチームに近づける。


 だから、伊達にもあきらめてほしくない。

 その一心で、琉聖たちは伊達からの返事を待った。


「みんな、ごめん」


 やがて、伊達の言葉がチーム全員に向けて発せられた。


「こんな田舎(いなか)まで来させて、ほんと、迷惑かけたね」

「全然!」


 煌我はそう言うと、輪の後ろのほうに立っていたオグの手を唐突に引いた。


「これからも伊達さんに助けてもらいたいヤツがいっぱいいるんすよ、このチームは。な、大二郎(だいじろう)!」

「あ、えっと……」


 突然話を振られてあからさまに戸惑いながらも、オグは「はい」と伊達に伝えた。


「ボクもそう思います。この前の正南(せいなん)学園戦の時、伊達さんのブロック指示があったから、ボクは迷わずにブロックに跳べました。伊達さんに教えてもらえてなかったら、たぶん、ボクはなんの役にも立てなかった」

「オグ」

「星工との練習試合の時も」


 オグは続ける。


「伊達さんは、ボクたちのためにずっと相手のことを観察し続けてくれていました。ボクはヘタで、知識も経験もないから、伊達さんみたいに第三者の視点で戦況を分析して、的確な指示をくれる人がいないと戦力になれません。本当にチームのお荷物なのはボクで、ボクはなにをやってもダメだから……」

「あー、ごめんごめん!」


 煌我が慌てて、視線を下げ始めたオグのフォローに回った。


「そういうつもりでおまえに振ったわけじゃねぇから。な、おまえもお荷物なんかじゃねぇよ」

「だけど」

「今のは煌我が悪い」


 眞生が冷静にジャッジした。煌我は「すまん」と素直に謝った。


「でもま、そういうことっしょ」


 眞生がオグの言葉を引き継ぐ。


「オレだってさ、バレーはじめてようやく三ヵ月が経ったとこだもん。セッターを始めたばっかの伊達先輩と一緒だよ。それでも試合に出させてもらってる以上、みんなに迷惑かける前提でやるしかない。バドはシングルスだと自分のミスは全部自分で背負うしかないけど、バレーは違うじゃん。ミスっても、周りのみんなが助けてくれる。もっとうまくやれる方法を指示してくれる。もしミスっても、自分一人で取り返そうとするんじゃなくて、みんなで取り返せばいいってことでしょ。うちのチームには、失敗を誰かのせいにするヤツなんていないんだからさ」


 ね、琉聖。眞生はそう言って琉聖を見た。琉聖は静かにうなずき、口を開いた。


「伊達さんに一番助けてもらいたいのは俺です。いろいろ押しつけるようで申し訳ないけど、これまでみたいに相手チームのデータも取ってほしいし、セッターとしても一緒にがんばってほしい」

「そういうとこだよー、りゅうせー」


 右京が突っ込まずにはいられないといった風に指摘した。


「要求値高すぎー」

「だから言っただろ、申し訳ないって」

「大丈夫だよな、公恭」


 雨宮が自信をその声ににじませて言った。


「それがおまえの才能だもんな。いつも冷静沈着で、周りに流されることがない。久慈にあれこれ求められるのだって、慣れたら楽勝だろ、おまえなら」

「きみからの期待値がもっとも高い気がするのはどうしてなんだろうね、裕隆」


 伊達が雨宮をにらむ。雨宮はひるみもせずニカッと笑った。

 大丈夫だな、もう。琉聖はこれ以上なにを言うつもりもなかった。伊達は本来の心を取り戻した。雨宮の言葉が、存在が、伊達の判断の決め手になったように思う。


「戻ろうぜ、練習に」


 雨宮が伊達の肩に右手を載せた。


「せっかく体育館の使える日なんだからさ」


 伊達はためらうことなくうなずく。晴れやかな表情を浮かべ、琉聖たちに言った。


「ありがとう、みんな。もう少しがんばってみるよ」

「おかえり、公恭くん!」


 美砂都が雨宮と伊達に飛びついた。それを皮切りに、「おかえりー!」と一年生たちが一斉に二年生三人に折り重なって飛び乗った。


 たくさんの笑い声が、昼下がりの住宅街をあたたかく彩る。大切な仲間を取り戻した喜びを分かち合うと、琉聖たちは伊達を連れて実里丘高校へと引き返した。


 課題は多い。だが、後ろさえ向かなければ乗り切れる。こなし切れる。

 失敗したなら、また一からやり直せばいい。

 伊達はその身をもって、自分たちにそれを教えてくれるのだろうと琉聖は思った。

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