1-2.好転
「話をするしかないだろうな」
「話」
「うん。あの人の心は今、バレーに向かう力をなくしちまってる。それを取り戻させてやらなくちゃいけない。わかってもらわなくちゃいけないんだ、俺たちにはあの人が必要だってことを」
いてもらわなくてはならない。伊達には、丘高男子バレー部に。
二人目のセッターが必要だ。いや、それよりもまず、伊達にはチームの心の支えになってほしい。
彼には冷静で広い視野がある。相手チームのデータを分析し、作戦の立案にいかすことができる。一年生ばかりの頼りないチームの中で、雨宮と二人でどんと大きくかまえていられる強さがある。
いなくなってもらっては困る。今日この瞬間から、彼とは同じ場所、同じチームで練習していかなければ。
誰が試合に出ても勝てるチームになるために。
最後にみんなで笑っていられるチームになるために。
「迎えに行ってくるよ」
琉聖は言った。もとよりそのつもりだった。
「来ないなら、俺が会いに行くしかない。なんとか連れ戻してくるから、練習して待ってろ」
「待ってろって、おまえ一人で行くのか」
「そうだよ」
「ダメだ。おれも行く」
「なんで」
「謝りたいんだ、伊達さんに」
煌我の目は真剣だった。
「戻ってきてほしいって、直接伝えたい。戻ってきてくれたら、今度はちゃんと決めてくる。伊達さんのトスで一点、いや、二十五点取ってくるから、って」
エースとしての覚悟。セッターのトスワークに迷いがあっても、たとえトスが乱れても、必ず打ち切り、点を取る。
どんな時でも折れず、倒れず、チーム全体を引っ張っていくと決めた心で、煌我は伊達と向き合おうとしていた。そういうことなら、頼もしい。琉聖はふわりと笑った。
「じゃ、行くか」
煌我の顔にも笑みが浮かんだ。力強くて、ひまわりみたいに大きな笑顔。
「っしゃ! おれが絶対連れ戻す!」
「ちょっと待て、バカどもが」
歩き出そうとした琉聖と煌我の向こう、トレーニングルームから出てくる影に呼び止められた。
雨宮だった。
「俺の許可なく部活を抜け出すことは許さんぞ」
「雨宮さん」
「おまえらだけじゃない」
靴を履いた雨宮は、琉聖と煌我に歩み寄った。
「公恭もだ。勝手に帰りやがって、ろくな理由も言わずに」
バカ野郎、と絞り出された言葉には怒りの色がにじんでいた。落ち込んでいるのかと琉聖は思っていたが、少し違っていたらしい。
琉聖たちを押しのけるように、雨宮はその足をクラブハウスへ向かわせた。
「俺が行く。おまえたちにはまかせておけん」
「雨宮さん!」
「謝りたいのは」
煌我の声を遮るように、雨宮は下げた顔でつぶやいた。
「あいつに謝らなくちゃいけないのは俺なんだよ」
その声を聞いて、雨宮の怒りの理由を琉聖は知った。
彼の怒りの矛先は彼自身だった。こんな風になってしまったことを食い止められなかったことへの怒り。絶望。
だが、雨宮は下ばかりを向いているわけじゃなかった。自分の力でこの状況を打破しなくてはならないとわかっている。
だから琉聖たちを呼び止めた。彼自身の手で、唯一無二の存在を取り戻すために。
「だったら、もうみんなで行っちゃえば?」
眞生の声が聞こえてきて、琉聖たちは一斉にトレーニングルームのほうを振り返る。
眞生だけではない。バレー部の全員が、伊達に会いに行くつもりでその場に集まっていた。
「待ってたって、どうせ伊達せんぱいのことが気になってトレーニングに集中できないし」
「眞生」
「だが、時間はあまりかけられないぞ」
琉聖が表情を明るくしたのもつかの間、快が現実的なことを言った。
「時田先輩から聞いたが、伊達先輩の家は弥富らしい」
「弥富。ってどこ」
煌我が眉根を寄せる。「名古屋の西だ」と快は答えた。
「木曽川を挟んだ向かい側は桑名。三重との県境ってことだ」
「遠っ。どんくらいかかるんだ、電車で」
「乗り換えも含めると一時間は見ておいたほうがいい。移動だけで往復二時間。そこに先輩を説得する時間を足すと」
「わかった。もうわかった。用は急げばいいんだろ」
ごちゃごちゃ考えるのが嫌いな煌我は快の話を遮り、「行こうぜ」と先陣を切った。
「今が一時半だろ。なら、四時半だ。四時半には伊達さんを連れて戻ってこよう。そうすりゃ二時間くらいは練習できる。二時間あれば、たっぷりスパイクが打てる」
ニシシ、と煌我は白い歯を見せて笑う。結局それかよ、と琉聖は半ば呆れ、雨宮は「おまえが仕切るな」と煌我の頭に拳を落とした。
けれど、煌我の笑みを映したようにみんなが笑った。想いは全員が同じだった。
バレーがやりたい。伊達を含めた、このメンバーで。
誰一人欠けてはならない。勝っても、負けても、この十人で戦い続ける。
急ぐぞ、と雨宮が号令をかけた。全員が走り出し、クラブハウスへと吸い込まれていく。
制服に着替え直し、必要最低限の荷物を持って学校を出る。美砂都が電車の時間を調べてくれて、伊達の自宅の最寄り駅には午後二時半頃の到着となる。
大丈夫だ、と琉聖は駅に向かいながら心の中でつぶやいた。
このチームには誰一人、伊達がいなくなってもいいと思っている仲間はいない。どうせもうすぐ琉聖が復帰するんだし、セッターはなんやかんや琉聖がいれば大丈夫でしょ。そんな風に考えている雰囲気もない。
伊達は伊達。琉聖は琉聖。誰もがそう感じ、伊達の存在を切望している。同じチームにいてほしい。セッターとして、というより、一人の大切な仲間として。
琉聖だけでなく、みんながそう思っていることが嬉しかった。みんなの想いが一つなら、きっと伊達の心に届く。
電車の時間が迫っていて、みんなと一緒に下り坂を軽く走った。
腰に痛みはない。順調だ。この調子なら、伊達と一緒にトス練習ができる。
明るい未来だけを信じ、琉聖たちは電車に乗った。
伊達が再びチームに合流してくれることを、誰もが強く願っていた。




