第99話 ゼラブを去る元魔王
ゼラブでの滞在理由がなくなり、アリエスはいよいよサンカサス王国に戻ることになる。
出発の朝になると、ゼラブ国の教会の人間が総出でアリエスとカプリナを見送りに出てきていた。
「アリエス様、カプリナ様、この度は大変お世話になりました」
両手を組み、アリエスたちに向かってエリスはお礼を言っている。
「いえいえ、聖女たる者、困った時は助け合うものです。このゼラブでの滞在は、私にとってもとても意義のあるものとなりました。これには私も御礼を申し上げないといけませんね」
笑顔を絶やさずに、アリエスはエリスに告げている。
そのエリスを見守るアリエスの表情は、とても慈愛に満ちたものに見えたのだとか。
実際、エリスはアリエスにとっては前世である当時の魔王の娘だ。親としての優しさが、その表情にとてもよくにじみ出ているのである。
「エリス様」
「はい、アリエス様」
アリエスがエリスに手を差し出すと、エリスは表情を引き締めて返事をしている。
「私がいる間に、ずいぶんと見違えるほどになりました。これからはしっかりと自信を持って、ゼラブ国の聖女として頑張って下さい。困った時は、いつでも頼って下さいね」
「はい。……なんだか、アリエス様の方が年上に思えてしまいますね、これでは」
「ふふっ、そうかも知れませんね」
エリスが恥ずかしそうに言うと、アリエスはつい笑ってしまっていた。
ところが、こうやって話していられる時間は無限ではなかった。
「アリエス様、出発の準備が整いました。サンカサス王国に戻りましょう」
護衛を務めている騎士たちから声をかけられたのだ。
アリエスはあくまでもエリスとキャサリーンの声に応えてやってきたに過ぎない。聖女は認められた国でしか、通常は活動してはいけないのだ。なので、アリエスは聖女として任命されたサンカサス王国に戻らないといけないのである。
「エリス様、名残惜しいですが、これでお別れのようですね」
「そうですね、アリエス様、カプリナ様。本当に、今回のご恩は忘れません」
エリスはこう述べると、アリエスやカプリナと固く握手を交わす。
最後に軽く抱擁し合うと、アリエスとカプリナは馬車に乗り、ゼラブの教会を後にしたのだった。
エリスはその姿をいつまでも大きく手を振りながら見送っていた。
「私も、キャサリーン様やアリエス様に負けないように、ゼラブ国の聖女として頑張ります」
両手の拳を握って、強く誓うエリスなのであった。
ゼラブ国を発って、帰路についたアリエス。
その道中、本当にエリスが大丈夫なのかずっと考えていた。
(エリスは聖女としての能力はいまいちなのだが、俺の力がかなり影響しているのだろうな、神聖力自体はかなり強い。キャサリーンほどではないが、力を使いこなせればかなり強い聖女になりえるだろう)
アリエスは、エリスの能力をかなり高く評価しているようである。
もちろん、そこには自分の娘だからという偏った評価は入っていない。かつては世界に恐れられた魔王としての判断力から来ている評価である。
当時は攻め込んでくる人間たちをどうかわしながら、魔族たちの統一を図るのかと奮闘していたアリエスの前世である魔王。そのため、魔族の出自よりも実力で登用して軍を編成していた。サハーやスラリーもそんな魔族の一部である。
アリエスに実力を見込まれて入ってきた者たちと、プライドの高い魔族との間では当然ながら軋轢というものがあった。これには魔王も苦戦させられたものである。
そういった時は一緒の任務にあたらせるなど、工夫を重ねてきた。その結果、実力を認め合った者たちは魔王軍の要となっていったのだ。
パイシズやライラたちのプライドの高い魔族と、サハーやスラリーのような者が仲がいいのは、そういった苦労の賜物なのである。
(エリスはキャサリーンにもかなり気に入られているところがあるようだからな。あれだけ本人に自信をつけられれば、いずれはキャサリーンにも認められる立派な聖女となるだろう)
そういった過去の苦労からか、アリエスはエリスに対してかなりの自信をのぞかせているようだった。
「アリエス様、なんだか楽しそうですね」
「あら、そのように見えましたでしょうか」
「はい、とても笑っているお顔が穏やかでしたので、そうではないかと思った次第です」
カプリナにこう言われて、自分はそこまで笑っていたのかと認識させられる。
「私ってば、そんなに感情が表に出ますでしょうかね」
「ええ、それはよく出ていると思います。でも、その方がよろしいかと思われますよ」
「そうですか……。そうかも知れませんね」
カプリナの指摘にどうするかと思ったアリエスだったが、もうそのままでいいかと思うことにした。
「さあ、サンカサス王国に戻りましたら、そちらでも国を覆う立派な結界を展開しませんとね」
「そうですね。アリエス様は、サンカサス王国の聖女様ですものね」
「ええ、その通りです。自分のところを守れなくて、何が国の聖女なのですか」
アリエスは強い口調で言いきっていた。
「はい、私はアリエス様が聖女としてのお勤めができるよう、しっかり補佐をさせていただきます。これからも、ずっとご一緒させていただきます」
「ええ、頼みますよ、カプリナ様」
カプリナの宣言に、アリエスは笑顔を浮かべて頷いていた。
二人の関係はまだまだ続きそうである。




