第89話 ゼラブに向かう元魔王
サハーを通じてライラにも留守番を頼んだアリエスは、カプリナとスラリーと一緒にゼラブ国へと向かう。
通り道は年末のハデキヤ帝国へ向かった時とは違う。途中から道が分かれていて、そこからテレグロス王国を経由して、ゼラブに向かうのだ。
「なんだか山がちな場所ですね」
「そうですね。文献を読まさせていただいたかぎりですと、テレグロス王国とゼラブ国との間には、山々が連なっているそうです。今、私たちが通っているところも、そういった山々の一部なのだそうです」
「さすがアリエス様、物知りでございますね!」
「え、ええ、まあ」
カプリナに褒められて、アリエスはものすごく照れくさそうにしている。
実に和やかな雰囲気の中、アリエスたちの乗った馬車は山の中を進んでいく。
途中で何度か魔物の襲撃を受けはしたものの、アリエスとカプリナの二人がいればさほど問題ではなかった。スラリーもかなり強いので、なんと無傷である。
「すらりー、やくにたてた。えらい? えらい?」
「ええ、偉いですよ、スラリー」
「ほめられた。うれしい」
ほんのりと赤く染まるカプリナのショールである。なにせスラリーが擬態しているのだ。感情によってはこういうことも十分あり得るのである。なまじ感情を持つようになったスライムゆえの弊害といえるだろう。
「スラリー。真っ赤になるとまるで血のように見えますから、できる限り外では気をつけて下さいね」
「わかった、きをつける」
ショールの色が、元の白っぽい色に戻っていく。
まったく、スラリーの相手も大変である。
「そういえば、アリエス様」
「なんでしょうか、カプリナ様」
スラリーが落ち着いたところで、カプリナが質問をしてくる。
「この山の向こうって、どんな場所なのでしょうか。サンカサス王国からゼラブでしたら、山の向こうを通って、テレグロス王国を経由する必要はないのでは?」
「カプリナ様、いい質問でございますね」
カプリナの質問に、アリエスはにっこりと笑っている。
「実は、この山の向こうは強い瘴気が漂う場所となっているのです。カプリナ様なら平気とは思いますが、通常は聖女の加護なしには、入れるような場所ではありません」
「そ、それは、まさか……」
「はい。魔族の住む領域になります」
アリエスは真顔でカプリナに告げている。
なぜアリエスがその様なことに詳しいのだろうか。
(言えないよな。この山の向こうが、かつての俺の住む城のあった場所などとは……)
そう、かつて魔王だったアリエスが拠点としていた魔王城は、この山の向こう側に広がる場所にあったのだ。
もちろん、転生した後しばらくは、アリエスはそんなことは知らなかった。
だが、勉強を続けているうちに、そのことを知ることにいたったのである。
(いや、まさかこんなに近い場所だとは思ってもみなかったな。その位置関係が分かった時、キャサリーンたちがほぼ無傷でやって来れたことに納得がいったというものだ)
いろいろと思い出して、アリエスはくすくすと笑っている。
その姿に、カプリナは不思議そうに首を傾げていた。
途中にあった街に寄ったり、野宿をしたりしながら、ようやくアリエスたちはテレグロス王国とゼラブ国の国境へと到着する。
「アリエス様、カプリナ様、国境に到着いたしました」
「そうですか。越境には時間がかかりそうですか?」
「いえ、キャサリーン様とエリス様の手紙を見せましたら、ノーチェックで通ってよいとのことです」
「あら、ずいぶんと信用されているのですね」
護衛の兵士たちからの回答に、アリエスは驚きを隠せなかった。さすがにノーチェックはどうなのだろうかと、首を傾げてしまう程である。
とはいえ、そのおかげで思ったよりも早く目的地に到着できそうである。
アリエスとカプリナは、談笑をしながら残りの道中も過ごしたのだった。
サンカサス王国のゾディアーク伯爵領を出発してから、おおよそ十日ほど。アリエスたちはついに目的地に到着する。
キャサリーンが対処していったこともあって、道中での危険は野良の魔物に襲われたことくらいだった。
「アリエス様、カプリナ様、ゼラブ国の首都が見えてきたようです」
「そうですか。教会に到着するまで、気を抜かないようにお願い致します」
「はっ!」
他国であるがために、アリエスは十分な注意を護衛の兵士に呼び掛けていた。
理由はこの首都に到着するまでの光景にあった。
どこもかしこも荒れた土地だったのだ。聖女がいるにしては、その土地の荒れようといったらただ事ではなかった。
普通、聖女がいるとなれば、その力によって土地に恩恵がもたらされるはずである。これは、元魔王であるアリエスでも例外ではなかった。それを思えば、さすがにこの状況は異常なのである。
(まったくおかしな話だな。聖女がいるだけで土地も国も豊かになるのではなかったのか? なんとも解せぬものよな)
アリエスは平静を装いながらも、心の中ではずっと首を傾げている。表に出さないのは、カプリナに余計な不安を与えないためである。
いろいろと思うところはあるものの、無事にゼラブ国の首都にある教会にたどり着いたアリエスたち。
自分に対して手紙を出したエリスという聖女。任命式の際に一度顔を見ているとはいえ、一体どんな人物なのだろうかと、アリエスは対面を楽しみにしているようだった。




