第83話 ピクニックをする元魔王
ヴァコルが王都へと戻ってから数日後、アリエスはようやくライラと安全に話をすることができる時がやってきた。
祈り以外の予定がすべてないお休みの日、アリエスはサハーという護衛を伴って街の外れにやってきた。教会にはピクニックと言って出てきているので、何も問題はないのである。
「アリエス様。こんな何もないところで本当に大丈夫なのですかね」
「心配は要りませんよ。ヴァコル様のおかげで、私の魔法は強化されましたしね」
「そうですか……」
アリエスの答えに、サハーはとりあえず分かったという返事をしていた。
ひとまず地面に大きな布を広げると、アリエスは四隅に石を置き、その上に座り込んでいた。
「本当にピクニックですか」
「ピクニックと言って出てきた以上、ピクニックをするのは当然ではありませんか。今の私は聖女です。嘘をつくわけには参りませんからね」
「は、はあ……」
アリエスの言い分に、サハーはただ抜けた返事をするだけだった。
しばらく日向ぼっこをしていると、誰かが近付いてくる気配がする。
アリエスは後ろを向いたまま、近付いてきた人物に声をかける。
「ライラ、ようやく来ましたか」
「はい、魔王……いえ、聖女様」
後ろを向いたままだというに自分の名前を呼ばれ、ライラは思わず魔王と言ってしまう。
慌てて訂正したものの、はっきりと言ってしまっていた。やらかしたと思い、ライラはアリエスに対して跪く。
「も、申し訳ございません」
必死に謝罪するライラだが、アリエスはまったく動く気配を見せなかった。
「心配要りませんよ、ライラ。この敷物の上とその周囲は、私の魔法がかけてあります。簡単に外部には漏れませんよ」
くるりと振り向いたアリエスの顔は、笑っているが完全に怒っている表情だった。よく見ると左の眉がぴくぴくと動いている。
このアリエスの表情を見たライラは、なんとも生きた心地がしなかった。
「大丈夫です。本当に怒っていませんから」
アリエスは立ち上がり、跪いて首を垂れるライラに優しく声をかけている。
「それと、ライラ」
「はい、何でしょうか」
「あちらのお方を紹介いただけないでしょうかね。私のことをじっと睨んでいるので気になります」
アリエスの声を聞いて、ライラはすぐにぐるりと振り返る。そこには、腕を組んで立つピスケースの姿があった。
「ピスケース。その態度は実に失礼ですよ」
ライラが怒ると、不機嫌そうにしながらも腕組みを解いていた。
それと同時にアリエスの方へと近付いてくる。
「見るからに聖女ですが、これが本当に魔王様なのですか?」
ピスケースはライラに確認をしている。
「そうですよ。この方こそ、私やあなたの父君であるパイシズ様がお仕えした魔王様その人なんですよ」
「なるほど。見たことはないのに、どこか見た気がしたのはそのせいでしたか。あのパイシズにご子息がいらっしゃるとは、これは驚きました」
聖女らしくのんびりとした様子で話すアリエスである。
「いかにも。ライラとは同じ諜報部に所属するピスケースです。ライラが言うので一応丁寧に挨拶をさせていただきますが、魔王様とは認めませんからね」
「ええ、それで構いませんよ。今の私はサンカサス王国の聖女アリエスですから」
手を組んだ状態でにっこりと微笑むアリエスである。
この姿だけ見れば、本当にただの聖女である。体中からあふれ出ているのは慈愛の魔力。誰がこの人物を元魔王だと思うだろうか。
「それよりも、魔王軍の現状をお聞かせ願えますか。ライラからも聞いてはいますが、より多くの情報を集めておきたいのです」
アリエスはすぐさま、ピスケースに問いかけている。
ところが、ピスケースはアリエスのことを疑ってかかっている。なにせ、全身から漂っているのはただの聖女の神聖力だけなのだから。
「私としては、配下の魔族を手駒のごとくぞんざいに扱うことを見逃すことはできないのです。かつては私が必死に育て上げてきた魔王軍なのです。それを好き勝手にされて、黙っていられるかというのですよ」
アリエスは真剣な表情で、ピスケースの目を見ている。
どこまでも真っすぐなその瞳に、アリエスを疑ってかかっていたピスケースはつい怯んでしまう。
「ぐっ、そのようなきれいな瞳で迫られようとも、あなたを魔王様だと認めたわけではないのです。だ、誰が話をするというのですか」
ピスケースは意外にも強情だった。
アリエスの目力を受けても、屈する様子はなかった。
「私は本気であなたたちを心配しているのです。このまま強行を続けているようでしたら、私は聖女としてあなた方を討たなければなりません。分かりますか、この私の心苦しさを。かつての部下に自ら手を下さなければならなくなる私の気持ちが、あなたに分かりますか?!」
「ぐっ!」
強く迫るアリエスの言葉に、ピスケースはじりじりと下がっていってしまう。
しかも、その場に居合わせているライラとサハーも、アリエスについている。このまま意地を張っていても、一対三という不利な状態だ。
状況を見る限り、ピスケースは劣勢と言わざるを得ない。
「わ、分かりました。諜報としては屈辱的ではありますが、魔王軍の現状をお教えいたしましょう」
ライラがあれだけ慕っている人物である。これ以上は敵に回すのは不可能と判断し、ピスケースは話をせざるを得ないのだった。
ピスケースから話を聞いたアリエスは、頭を押さえて首を左右に振り始める。
「酷い……。あまりにも酷い話じゃないですか。あいつめ……、私が大きくなって魔物討伐に出られるようになったら、真っ先に倒してやりたい気分ですよ」
アリエスは相当参っているようだった。
「時が来るまで、あいつの気分をうまく満足させられるように動いて下さい。みなさんのことは、必ずあいつから解放して差し上げますから」
「はっ」
アリエスの言葉に、ピスケースは素直に頭を下げていた。
あまりの魔王軍の現状にショックを隠し切れないアリエス。
教会に戻ると、今まで以上に熱心に修行に励むことにしたようだった。




