第79話 ライラと会話をする元魔王
お昼になってしまい、話ができないままで終わってしまうのかと焦りを覚えるライラ。
見かねたアリエスは、カプリナたちに話をつけることにした。
「カプリナ様、ちょっとよろしいでしょうか」
「なんでしょうか、アリエス様」
こてんと可愛らしく首を傾げるカプリナである。
「スラリー、擬態化を解いて下さいませんか?」
「なにー?」
マントから姿を変えて、ひょんと地面に降り立つスラリー。
その姿を見届けると、アリエスは改めてカプリナに相談を持ち掛ける。
「実は、あちらのララ様とお話をしたいと思っておりまして。あの、構わないでしょうか」
アリエスは素直に、ライラと話がしたいとカプリナに伝える。
ちょっと驚いたような顔をしたものの、カプリナはにこりと微笑んでいる。
「はい、構いませんよ。別に私にそこまで気を遣わなくてもよろしいですよ、アリエス様。私のことは気にせず、なさりたいようにして頂いて構いません」
「そうだ、そうだ。ありえすさま、りちぎー」
「スラリー、どこでそんな難しい言葉を覚えたのですか」
「えっへん」
律儀なんて単語を使うものだから、アリエスはつい驚いてしまう。
そしたら、スラリーは偉そうに踏ん反りがえっていた。まったく、ずいぶんと態度が大きいものである。
アリエスはため息をつきながらも、カプリナから了承が取れたので、お礼を言いながらライラのところへと移動していく。
その際、サハーにも視線を送って、自分たちに近付けないように目配せで指示を出していた。
ようやくライラのところにやって来れたアリエスは、ちょっと緊張した様子で声をかける。
「ララ様、何かお話があるそうですね」
アリエスが声をかけると、ライラは少し体をこわばらせていた。
目の前にいるのは、サンカサス王国の聖女であり、先代の魔王である。緊張しない方がおかしいというものだ。
「これはアリエス様、私のためにわざわざこちらにお越しになったのですか」
「はい。なにやら相談事があるというようなことを聞きましたのでね」
周囲に気をつけながら、アリエスはララの隣に座る。
腰をつけた瞬間、アリエスの表情が少し変化する。
「それで、魔王軍の今の状況はどうなのですか」
いつもは垂れ目なアリエスの目が、少しつり上がっている。少しだけ魔王時代に意識が戻ったからなのだろうか。
地味な変化ではあるものの、ライラにはかなりの変化に見えたらしく、少しだけ体を震わせているようだ。
「はい。ご心配の通り、あまりよろしくないものでございます」
「そうですか……。手紙に書いてあった通りであるならば、もう中身はボロボロでしょうね」
「ええ。フィシェギルのあの使い方ははっきり言いまして、かなり影響を与えております。サハーも含めて犠牲者いなかったことでまだ何とか持ちこたえていますが、あのまま崩壊することもあり得たでしょうね」
「……まったく、部下のことをただの駒としか思っていないのですか、あやつは」
普段は聖女として温厚に振る舞っているアリエスでも、さすがに自分が大切に育ててきた部下をぞんざいに扱われて、怒りがこみあげてきているようである。
しかし、すぐさまアリエスは平常心を取り戻す。聖女である以上、怒りに囚われるのはよくないからだ。
「スラリーやサハーのように、こちらに引き抜けることができればいいのですけれどね」
「それは難しいでしょうね。魔族である以上、他の聖女たちから目の敵にされております。特にテレグロス王国の聖女キャサリーンは、魔族のことを特に嫌っていますからね」
「ええ、本人から伺いましたよ。魔族に家族を殺されたのだとか。ならば、魔族に対して強い恨みを持つことは自然なことです。私が前に出たことで、スラリーとサハーを守ることはできましたが、放っておいたら一瞬で殺されていたでしょう。私ですら負けた相手ですからね」
「……そうですね」
苦笑いを浮かべて話すアリエスではあるが、ライラの表情はかなり険しいようだった。
「それで、パイシズはどうしているのですか?」
「今の魔王への対処にとても苦労なさっておられますよ。そうです、アリエス様に謝罪しておかねばならないことが」
「なんですか?」
「実は、以前サハーたちに襲われたことがあったはずです」
「ええ、ありましたね」
アリエスはきょとんとしていた。
「実は、あれを指揮していたのがパイシズ様だったのですよ。ただ、サハーたちに仕掛けられた毒のことは知りませんでした。攻撃の指示を取っただけなのです」
「なるほど……。どうりで地形をうまく利用できていたのですか。戦術には長けていますからね、パイシズは」
アリエスは考え込んでいる。
「あのサハーに仕掛けられた毒は知らなかったということは、あの作戦には別の者が絡んでいたのですか?」
「パイシズ様がご存じではありませんので、おそらくは」
「ふむ……。魔王を気取っているあやつにそんな頭はありません。となると、私がいた頃にはいなかった誰かが、後ろで入れ知恵をしているということでしょうかね」
「おそらくは。ですが、私たち諜報に知られずにそんなことが可能でしょうかね?」
アリエスの推測に、ライラは疑問を呈している。
「可能性を持つ種族がいることはいますよ。影の一族なら、可能だと思います」
「影の一族は、ずいぶんと昔に聖女に滅ぼされたはずでは?」
「分かりませんよ。すべてを欺ける種族ですから……ね」
アリエスはとても険しい表情をしている。
「参りましたね。私の聖女としての能力はまだ未熟です。今の力では、影の一族を払うのは不可能でしょう。もっと魔法を勉強しなければいけませんね」
爪を噛みそうになるアリエスだったが、聖女であることを思い出してどうにか思いとどまった。
「ライラ、これからの接触は細心の注意を払って下さい。あやつから離れないのであればいいのですが、どのようなことをするか分かりませんからね」
「承知致しました」
話を終えたライラとアリエスは、気持ちを切り替えて食事を平らげる。
どうやら現在の魔王軍にはただならぬ状況がありそうだ。アリエスは警戒を強めながら、これまで以上に自分の力を制御できるように努力を重ねることを誓ったのだった。




