第78話 予定を前倒しさせる元魔王
「まったくすごいものですね。二日分の内容を本当に一日で済ませてしまうとは……」
翌日の夕方、アリエスはヴァコルを呆れさせてしまっていた。
それは、今日と明日で行う予定だった内容をたった一日で終わらせてしまうというものだった。アリエスはサハーと話しながら考えていたことを、見事やり遂げてしまっていたのだ。
「明日は朝に約束した通り、僕の講義はありません。まったく、やればできてしまうのですね」
「いえ、それほどでもありませんよ。ヴァコル様の教え方がよろしいからです」
アリエスはにっこりと微笑んで、ヴァコルをよいしょしておくことを忘れない。なにせ、気分良く王都に戻ってもらわないと困るからだ。
こういったところにまで気配りができるのが、アリエスという人物なのである。
これは、前世の魔王時代からもよくやっていたことである。そうでもしないと、魔王軍全体の士気を維持できなかったからだ。部下に対する気遣いは本当に苦労したという。
「それでは、一日分予定が繰り上がりましたので、その後の講義も一日ずつ前倒ししましょう。聖女の頑張り次第では、早く終われますよ」
ヴァコルはにっこりと笑っている。
対照的に、アリエスの方は顔を引きつらせている。
そんなことのために、今日の予定を詰めたわけではなかったのだから。ライラとの用事を早めに済ませようと思ったからこそ、今日は頑張ったのだ。
だが、それが裏目に出てしまい。あさって以降の予定が全部一日ずつ繰り上がってしまったのだ。なんとも予想外である。
「わ、分かりました。必ずや、ヴァコル様の教えられる内容を身につけて、魔力を制御できるようになってみせます」
「うむ。聖女に認めてもらえたとなれば、お城でも僕のことを悪く言う者もいなくなるでしょう。まったく、若いというだけで見下してくる者が多くてかなわないというものですよ」
ヴァコルの口からぽろっと出てきた言葉に、アリエスは正直驚くしかなかった。
偉そうな態度を取ってはいるのは、お城の中では敵だらけという状況ゆえの虚勢だったのである。
(なるほどな。あれだけ偉そうな態度を取っていたのは、若輩者ということで自分の立場が悪いゆえか。権威のようなものを振りかざすことで、自分への悪意を牽制しているというわけなのだな。まったく、若いというのに苦労ばかりをしているのだな)
ヴァコルの置かれた立場を理解したアリエスは、同情すらも覚えてしまう。
ならば、その教えを乞うた自分が立派な結果を残してやるべきだろう。アリエスはついついお節介を焼きたくなってしまったようだった。
「分かりました。でしたら、あさって以降の講義も全力で臨ませて頂きますね。宮廷魔導士様の素晴らしさというものを、この聖女アリエルが必ずや証明してみせます」
胸に手を当てながら、ドヤ顔を決めるアリエス。その自信たっぷな表情は、ヴァコルの度肝を抜いてみせていた。
「ああ、そちらがその意気ならば、僕もやりがいがあるというものです。ふふふ、あさってからが楽しみですね」
二人はその場でしばらく笑い合っていたのだった。
翌日、朝食と朝の祈祷を済ませたアリエスは、早速ゾディアーク伯爵邸へと向かっていく。
護衛のサハーと共に伯爵邸に到着したアリエスは、伯爵とカプリナに丁寧に挨拶をしている。
「おはようございます、伯爵様、カプリナ様。今日はよろしくお願い致します」
「うむ。今日も娘とよろしくしてやってください、アリエス様」
挨拶が済むと、伯爵は一人の傭兵を紹介してくる。誰かと思えば、ライラだった。
「今日は傭兵ギルドからも要請があって、傭兵のララにも馬術を教えることになっている。あまりお構いできなくなるとは思いますが、どうかご了承いただきたい」
「いえ、大丈夫でございます。一緒に学ばれる方が増えるというのは、きっと楽しいでしょうから」
アリエスはライラを見ると、パチンとウィンクをしている。
「本日は、どうぞよろしくお願い致します、聖女様」
まずはアリエスに挨拶をし、伯爵とカプリナにも相次いで挨拶を済ませるライラ。
長く生きてきている魔族とはいっても、馬にはなかなか乗ることがない。そのため、ライラは馬に乗るのにかなり苦戦していたようである。
(やれやれ、手練れであるライラも、初めてとなるとこんなにぎこちないものなのか。なんとも珍しい姿が見れて、俺は満足だな)
すっかり馬を乗りこなせるようになっていたアリエスは、苦戦を繰り返しているライラを見て、微笑ましく笑ってしまう。
アリエスの隣には、すでに馬に平然とまたがっているサハーの姿もあり、余計にライラに苛立ちを募らせていたようだった。
結局、乗馬初心者であるライラは別で指導を受けることになり、せっかく一日早めてやって来たというのに、アリエスたちはライラとの接触がまったくできずにいたのである。
「なんて言いますか、なんでもできる気がしたんですが、苦手なものがあったんですね」
「みたいですね。ですが、お話に聞く限りは傭兵は馬に乗れて当たり前なところがありますから、頑張っていただくしかありませんね」
馬に苦戦するライラの姿に、アリエスは困ったように笑うばかりだった。
結局、別行動になったままお昼を迎えてしまう。
このままアリエスとの接触を済ませられないまま終わってしまうのか。ライラは悔しそうな表情を浮かべるのだった。




