第75話 現状を憂う元魔王の部下
一方の現在の魔王軍はというと……。
「おい、現在の人間界の侵略状況はどうなっている!」
アリエスの前世である魔王没後に新しく魔王についた魔族が、声を荒げている。
「はっ、少々お待ち下さい」
「さっさと答えろ。俺様は気が短いんだ!」
「は、はいぃぃっ!!」
気弱な魔族が一生懸命に戦況を記した報告書に目を通している。
今の魔王はその様子を見ながら、イライラを募らせているようだ。
「これはこれは、どうなされましたかな、魔王様」
そこへ、一人の魔族が姿を見せる。
「なんだ、パイシズか。まあ、お前でもいい。今の状況をさっさと報告してくれ」
耳の穴を小指でいじりながら、魔王は戦況について報告を求めている。
目の前にいる気弱そうな魔族を見て、パイシズは状況を悟ったようだ。
「現状では、ほとんどの国で戦況は思わしくありませんな。特に前魔王様を討ったというキャサリーンとかいう聖女を要するテレグロス王国は、入った瞬間に返り討ちという状況ですね」
「ああ、あの化け物聖女のいる国か……。あそこはまあ、仕方あるまい。俺様もあそこはもう手を引かざるを得ないと考えている」
苦虫をかみ潰したような表情で魔王が愚痴を言っている。
「それより、パイシズ」
「なんでございましょうか、魔王様」
突然身を乗り出しながら話を振られたものだから、パイシズも思わず少し引いてしまう。能力は大したことはないのだが、なにせ巨体だ。それゆえに急に近付かれると思わず怯んでしまうのである。
「サンカサスの攻略はどうなっておるのだ。あそこは聖女の空白地だったはずだ。なぜいまだに落とせぬのだ」
ずずいっとさらに近づいて、パイシズに圧力をかけている。
だが、さすがに一度は引かされても、二度も同じ反応は示さない。きっちりと直立した状態で、咳払いをして答え始める。
「サンカサスでございますが、先日のこと、正式に聖女が誕生したようでございます」
「なんだと?!」
魔王が驚いている。
「聖女候補を殺しに行ったのではなかったのか?」
「はい。確かに向かいましたが、聖女の力が思った以上に強かったようでして、すべて失敗に終わっております。正式に聖女として任命される日には、よりにもよってテレグロスのキャサリーンも滞在していたらしく、すべての計画が失敗となっております」
「ぐぬぬぬぬぬ……。またしてもキャサリーンか……」
魔王は実に悔しそうである。
「しかし、なぜまだガキである聖女を殺すことができぬのだ。お前たちはそれほどまでに無能だったのか?」
魔王が怒号を浴びせていると、さすがのパイシズもちょっとイラッとしたようである。どちらが無能だと言ってやりたかったのだろう。しかし、魔王軍参謀という立場があるゆえ、ぐっと言葉を飲み込んでおく。
パイシズの反応からも分かる通り、この魔王が自分の無能なのである。
そんな魔族がなぜ魔王に就けたのか。それが行動力と力である。
前魔王がキャサリーンたちによって討たれた直後、その空席をかっさらっていたのだ。その際に同じように飛びついた魔族たちを片っ端から吹っ飛ばし、最後に立っていたのが今の魔王なのである。
「とにかく、現状をまとめて報告しろ。俺様が作戦を立ててやる」
「承知致しました。では、あなたも参りましょうか、ニミジェ」
「は、はい、パイシズ様」
最初にこっぴどく言われていた魔族を連れて、パイシズは魔王の前から下がっていく。
怒り心頭になりそうな気持を必死に抑え、パイシズはどうにか自分の部屋に戻ってこれた。
「ふぅ……。まったく、あの魔王はなんとも扱いにくいというものだ」
「パイシズ様、わざわざ申し訳ございませんでした」
ひと息ついているパイシズに対して、ニミジェはおどおどとした態度でお礼を言っている。
「気にしなくてもいいのですよ。あなたも前の魔王様の時からともに仕えている身。同僚のよしみというものですね」
気にするなと、柔らかい笑顔をパイシズは浮かべている。それでも、ニミジェは申し訳なさそうにしているようだ。
「それにしても、あの無能魔王にも困ったものです。いたずらに行動を起こして、一体どれだけの魔族が犠牲になったというのですか。無事に戻ってきたのは、サンカサスの聖女を襲ったフィシェギルたちだけではないですか。このままでは、魔王軍の状況は壊滅に向かうばかり。一体どうしたものか……」
パイシズは頭を抱えていた。
ただでさえ、前の魔王が倒されてから弱体化の一途の魔王軍だ。今の魔王にこき使われていては、さらに戦力がガタ落ちするのは目に見えている。
(はあ、前の魔王様に戻ってきていただきたいものだ。だが、その魔王様は今やサンカサスの聖女。とても魔王軍として受け入れられぬ状況よな)
様々な要因が重なり、パイシズの苦悩はますます募っていく。
(仕方ない。息子を使うとするか)
パイシズは、ライラの潜入している場所へと、いつもは伝令に使っているピスケースを向かわせることにした。
はっきりいって賭けである。
魔王軍の現状を伝え、元魔王であるアリエスに意見を仰ぐつもりなのだ。
ライラからの報告通りであれば、アリエスという聖女は魔王軍のことを気にかけているのだから。
(聖女に助けを求めるとは……な)
予想外の作戦に出たパイシズは、机に肘をついて大きくため息をついたのだった。




