第70話 先触れを受ける元魔王
王都から魔法使いが派遣されたという情報は、アリエスたちのところにも伝わる。
それというのも、ヴァコルに同行していた騎士が先触れとしてやって来たからだ。
「ご苦労さま。到達なさるまでゆっくり休んでいて下さい」
「はい、お世話になります」
騎士は言葉に従い、教会でゆっくり休むことにしたようだ。
「おつかれさまでございます」
騎士のところへ、アリエスも挨拶にやって来る。
「これは聖女様。お会いできて光栄でございます」
騎士はすぐさまアリエスに対して跪いている。さすがは騎士といった反応である。
この反応の速さに、アリエスはちょっとびっくりしてしまう。しかし、すぐにちょっと微笑ましく感じてしまう。
(何だろうかな、この感じ。パイシズたちを従えていた頃のことを思い出して、懐かしく感じるぞ)
そう、魔王時代のことを思い出していたのだ。あの頃もよく、今の騎士のように魔王の姿が見えたら、部下たちはすぐさま頭を下げてくれたものである。
騎士の姿に、その時の様子が重なったのである。
「ちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい、よろしいですとも」
アリエスが声をかけると、騎士はすぐに返答していた。
「今度いらっしゃる魔法使いの方は、どのような方なのでしょうか。お願いしたのはいいのですが、気になってしまいましてね」
照れくさそうに頬をかきながら、アリエスは騎士に魔法使いについての情報を求めたのである。
騎士は少し悩んだようだが、聖女様からの質問である以上、無視するわけにはいかないと答えることにしたようだ。
「はい、お名前はヴァコル様とおっしゃいまして、最年少の宮廷魔導士をなされていらっしゃる方でございます」
「まあ、それはすごいですね」
「なんと、あのヴァコル様がいらっしゃるのですか!」
アリエスが驚いていると、司祭がそれ以上に驚いているようだった。あまりの声の大きさに、アリエスは思わず耳を塞いでしまう。
「司祭様、そのヴァコル様と仰る方をご存じなのですか?」
「知っているも何も、十五歳で宮廷魔導士の座に就かれた天才魔法使いですぞ。確か、今年で十九でしたかな」
アリエスは司祭が興奮して話す内容に、目を丸くしている。普段落ち着いているはずの司祭が興奮気味に話しているからだ。
何があっても慌てることのない司祭の姿に、アリエスはつい一歩下がってしまっていた。
「私、知らないんですけれど?」
アリエスは聞いたことがなかったので、改めて司祭と騎士の二人に訴えている。
「そうか、デビュタントでもお会いになられませんでしたか」
「それは仕方ありませんね。宮廷魔導士ともなれば、普段から閉じこもって魔法の研究をなさっていらっしゃいますから。デビュタントの日も、研究で手が離せないからとお断りになられていましたね」
「え……」
騎士の証言に、アリエスは言葉を失っていた。
聖女と聖騎士が揃ってのデビュタントだというのに、国王たちが出席していた中で姿を見せないとは、なんという人物なのだろうか。
アリエスは呆れながらも、宮廷魔導士のヴァコルという人物に興味を抱き始めていた。
「かなり進んでから、私は先触れとして出発しました。ですので、あさってくらいにはゾディアーク伯爵領の領都に到着なさると思われます」
「そうですか。何事もなければよろしいですが」
騎士の話を聞きながら、アリエスは心配そうにしている。
「それは心配ないと思いますよ。なにせヴァコル様はお一人でヘルハウンドの群れを一掃なされるような方ですから。あの方がいらっしゃる限り、何も心配することはございませんよ」
「そうですか。ですが、せめてながら聖女として、無事に到着できるように祈りを捧げさせて頂きます」
アリエスはその場で跪くと、手を組んで祈りを捧げ始める。
この姿だけ見ると、とても前世で魔王をしていた人物とは思えない。その立ち振る舞いは、聖女そのものである。
パッと光が放たれ、一瞬でおさまってしまう。
「ふふっ、どのような方が楽しみでございますね」
アリエスは立ち上がると、司祭へと振り向く。
「それでは、私はまた出かけて参ります。私の方でも少しくらいは魔力を制御できるようになりませんと。キャサリーン様のおかげであの時は落ち着きましたが、二度と起こらないとも限りませんからね」
「分かりました。ですが、夕方には必ず戻るのですよ」
「はい、分かっています。それでは、行ってまいります」
アリエスはぺこりと頭を下げて、教会から出ていく。
残された司祭と騎士は、黙ってアリエスを見送っていた。
「ところで、ゾディアーク伯爵様にはご挨拶されましたかな?」
「はっ!」
司祭に言われて、騎士は思い出していたようだ。
「申し訳ございません。聖女様のことに気を取られておりまして、伯爵様のことを失念しておりました。これより行ってまいります」
「ほっほっほっ、気を付けて行ってらっしゃい」
「はっ。では、失礼致します」
先触れの騎士は、慌てた様子で教会から立ち去っていった。
アリエスと騎士を見送った司祭は、にこにことした笑顔でゆっくりと歩き出す。
「ふふっ、あの天才少年がここに来られるのか。実に楽しみですな」
司祭はかなり浮かれた様子で、宮廷魔導士の受け入れに向けて神官たちに指示を出したのだった。




