第7話 ちょっとわがままを言う元魔王
教会で暮らすアリエスの元に、とある情報が舞い込んでくる。
「えっ、カプリナ様が魔物討伐にですか?」
アリエスはとても驚いていた。
聖女と女性の聖騎士はともに行動することが多くなるため、アリエスのところにもこの話が伝わってきたようだ。
(まだ八歳の子どもに、魔物討伐とは一体何を考えているのだ)
アリエスの中の魔王が、疑問に思って首を傾げている。
八歳となった自分自身も、魔王時代に比べればものすごく弱いことが分かっている。なので、魔物討伐の話が出た瞬間にこんな感想が出てきてしまう。
元々魔王は身内にはずいぶんと優しいところがあったのだが、教会暮らしをしているせいか、その博愛っぷりに拍車がかかっていた。
カプリナの魔物討伐の話を聞くと、さも当然のようにこう宣言した。
「カプリナ様に同行します」
アリエスの言葉を聞いた時、牧師は思わず表情が固まってしまった。
まさか大事に育ててきて孫娘のようなアリエスが、こんなことを言うなんて思ってもみなかったのだ。
「しかしだね、アリエス」
「いえ、私が聖女だというのでしたら、見捨ててはいられません。それに、時々一緒に訓練をなさると仰られたではないですか。これがその時ではないのですか?」
アリエスにこのように言われてしまえば、牧師は黙るしかなかった。
それにしても、八歳の少女だというのに、アリエスはかなり頭の切れる子どもになっていた。
これが聖女というものなのだろうかと、牧師はその威光に飲まれてしまっていた。
「分かりましたよ、アリエス。カプリナ様が魔物退治に出かける時には、ご同行できるように手配をしておきましょう」
「よろしくお願い致します、お爺ちゃん」
きりっとした表情を見せるアリエスの姿に、牧師は驚いた様子を見せながらも、司祭へ報告するために部屋を出ていった。
牧師が出ていき、ようやく部屋に一人になったアリエスは、神聖魔力で部屋の中の音を遮断する魔法を使う。
前世が魔王ということもあって、ほとんどの魔法は使いたい放題だ。
今使った遮音魔法も、時々一人になりたい時に使っていた魔法である。魔王だってそんな時があるのだ。
「ふぅ、これでしばらくは一人になれるだろう」
椅子に座って足をぶらぶらさせながら、アリエスはひと息ついている。
「まったく、カプリナといったな、無茶なことを言い出すものだ」
アリエスは肘をついてぶっすーとご機嫌斜めな顔になる。
「第一、この国の傭兵の最低年齢は十才だろうが。八歳の子どもにやらせることではないぞ」
やけに国の制度に詳しい魔王である。
実は、聖女としての特訓をしながらも、国の制度についてあれこれ調べ上げていたのだ。
この勤勉なところは魔王時代からあって、人間たちを掌握した後にどうするかというのを考えて、各国の制度や産業などを部下の魔族に探らせて調べていたほどである。
だが、そんな魔王の性格は人間たちに知られることなく、一部の残虐非道な魔族のせいというより、魔族そのものに嫌悪感を抱く者たちによってあえなく討伐されてしまったのだ。
そんな魔王も、今やサンカサス王国という国の聖女候補だ。うまくいけば、魔王時代に培った知識と今の努力をもってより良い統治ができるかもしれないと考えているのである。
「努力次第では、魔王時代になしえなかった、魔族と人間の共存というのも可能かもしれないな。ただ、互いに敵対し合う現状では、しばらく無理ではあろうがな」
理想はあくまでも理想。現実にはたくさんの問題が転がっているのである。
やる気を見せつつも、まだまだ転がっている目の前の問題に、アリエスはため息をついた。
「今回、カプリナに同行すれば、魔王時代の部下に接触することができるかもしれない。だが、今は聖女見習いだけに、あちらが俺に気が付く可能性が低いのがな……」
部下に接触できる可能性に喜びながら、すぐに現実的な問題に気が付いてしまう元魔王アリエスである。本当に頭の回転が速いのだ。
どうしたものかと悩んでいたアリエスだったが、扉の外からなにやら気配を感じる。
気配からして牧師が戻ってきたのだと察知したアリエスは、すぐに遮音魔法を解除して、何食わぬ顔で牧師を出迎えようと椅子から立ち上がった。
「アリエス、わしですよ」
「お帰りなさい、お爺ちゃん。今開けますね」
牧師が戻ってきたので、アリエスは待ってましたといわんばかりに駆け寄って扉を開ける。
ところが、その後ろには思わぬ人物が一緒に立っていた。
「し、司祭様……」
そう、アリエスが今住んでいる教会の司祭だった。
どうやら牧師からアリエスの申し出を伝え聞いて、話をしにやって来たようである。
アリエスが驚いているのはその表情だ。まるで怒っているかのような視線で自分を見てくるのだ。
かつて魔王だった身からすると、その程度の睨みなど大したものではない。ところが、今はまだ八歳の少女であるがために、体の方が恐怖を感じてしまっているのだ。
分かっちゃいるけど止められないのである。
「アリエス、司祭様がお話があるそうです。心して聞くように」
「は、はい、お爺ちゃん……」
部屋の中に司祭を招き入れ、アリエスは向かい合って座る。
なんとも言えない重苦しい雰囲気。司祭は何を話しに来たのだろうか。全身にぐっと力を入れて、アリエスは司祭の言葉を待つことにした。




