第55話 寒さにやられる元魔王とその部下
時は経ち、雪が降り始める。
サンカサス王国は気候の変化が激しい場所だ。一年の終わりを迎える頃には、辺り一面が真っ白に染まる。
冬と名付けられたこの季節は、一年の最後を締めくくる季節だ。これが終わり暖かくなってくると、また新たな年を迎えるのである。
「おお、寒いですね。何度迎えても、この寒さには慣れません」
目を覚ましたアリエスは、真っ白な息を吐きながら手をこすり合わせている。そのくらいにこの時期の朝は冷え込むのだ。
しかし、寒いとはいっても水で顔を洗わないわけにはいかない。そうしないと目が覚めないのだから。
アリエスは震えながらも水でバシャバシャと顔を洗っている。聖女とはいっても、ひと通りの身支度は一人でこなせなければならないのだ。
「おはようございます、おじいちゃん」
「おお、おはよう、アリエス」
今日のアリエスの服装は、先日の生誕祭を前に仕立てられた服装のひとつだ。一つだけ長袖だったのは、この冬用の服装だったからである。
(とはいっても、生地が薄くてかなり寒くてかなわん。以前の服の方が温かかったなど、なんともおかしな話よな)
アリエスはそんなことを思いながらも、朝の祈祷へと向かう。
聖女の務めとしては、朝、夕の二度の祈祷が欠かせない。これによって聖女の担当する国全域に聖女の力が行き届く。それによって、あらゆる災害から身を守ることができる。
とはいっても、魔物や魔族の侵入を防ぐことはできない。ある程度の弱体化をするのが精一杯だ。強い聖女の力とはいっても、広範囲に効果を及ぼすと弱まってしまうようなのである。
アリエスの聞いたところによれば、あの最強の聖女であるキャサリーンであっても、国規模の防衛となると完全に魔物や魔族の侵入は防げないとのことだった。
(なんだって、そんな中途半端な結界を築くというのだろうか。まあ、そのおかげでスラリーたちが入って来れているのだからな。よくは分からないが、この仕様に感謝しようではないか)
朝の祈祷を終えたアリエスは、そんなことを考えながら朝食へと向かって行った。
その頃、教会の外ではというと……。
「ぶえっくしょん!」
サハーが盛大なくしゃみをしていた。
まあこうなるのも仕方はない。サハーは半魚人種族のフィシェギルだ。元から寒さに弱いのだから、こうなるのも仕方はないのである。
「なんだ、サハー。鍛えている割には寒がりなんだな」
「うるさいですね。私はそもそも寒さに弱い種族なのです。突っ立っていては体が凍えて動けなくなります」
「だがな、俺たちはここを離れるわけにはいかんだろう。聖女様の護衛が仕事なのだぞ?」
「分かっていますとも。うう、ちょっと走り込んで怪しい奴がいないか見てきます。ここは頼みますぞ!」
「お、おいっ!」
寒さに耐えきれなくなったサハーは、今日の相方を一人置いて教会の周りの見回りへと向かって行った。
残されたもう一人は、しょうがねえなという顔で頭をかきながら護衛を続けていた。
しばらくすると、一人の女性が近付いてきた。
「誰だ、怪しい女め」
「武器をしまって下さい、私です」
女性がフードを取ると、そこから顔を出したのはライラだった。
「ああ、傭兵ララか。何のご用ですか」
「おや、サハーではないのですね」
兵士の顔をよく見たライラは、思わず首を捻ってしまう。
「悪かったな。あいつなら寒くて我慢ならないと言って、教会の周りを走り込みながら見回りをしている。魔族なのは聞いているが、寒さに極端に弱いとはな。こういう季節の間は大変そうだな」
兵士はサハーのことを気遣っているようだった。
思わぬ態度を見て、ライラはくすっと笑っていた。
「魔族と知っていながら、教会の護衛に就かせているのですね」
「仕方ないよ、聖女アリエス様のご指名なんだから。俺たち下っ端じゃ、アリエス様に逆らうなんて……いや、国王陛下でも厳しいかな」
「そうなんですね。では、しばらく待っていれば戻ってきますかね」
「どうだかな。まあ、その方がいいだろうな。下手に動いてすれ違いなんてのもある話だ」
「分かりました。それでは見張りを兼ねてしばらく待機させて頂きます」
雪の降る中、やむなくライラはその場で待機をすることにした。
「それにしても、この国ではこんなに雪が降るものなのですかね」
「いや、こんなに降ることは珍しいかな。俺が覚えている限りじゃ、こんなに降ったのは一度あるかないかってくらいだ」
「一度?」
ライラは引っかかって尋ねてみる。
「ああ、聖女様が生まれた年の冬だ。その時もこのくらい降り続いていたさ」
「そうなんですね」
ライラと兵士が話をしていると、大きな声が聞こえてくる。
「あーっ! こんの、なに女の人と話をしてるんですか! って、げげっ、ラ……ラ!」
ライラと言いかけて、サハーは言い直していた。
「げげっとは何ですか。いくら傭兵とはいえ、女性に対してそれは失礼だと思いますよ」
ぶすっと怒った顔を見せるライラに、サハーはまったくもってたじたじである。
「なんだ、お前たち、そういう仲なのか?」
「あ、いえ、違うんですよ」
「はい、違いますよ。聖女様のお披露目行進の際に近くで仕事をしておりましたので、その縁でちょっと仲良くさせて頂いているだけです」
にっこりと微笑んで返すライラである。
ふうっと一つ息をつくと、ライラは二人に話し掛ける。
「お邪魔して申し訳ありませんでした。これから傭兵ギルドで仕事を探しますので、これで失礼させて頂きます」
「ああ、頑張れよな」
ライラは教会を後にしていった。
サハーはその後ろ姿をただ黙って見つめているのだった。




