第50話 会場入りをする元魔王
伯爵邸に入ったアリエスは、生誕祭を前にまた衣装を着替える。これで何度目だろうか。
(おいおい、これで四回目か? なんだってこんなに衣装を着替えるのだ。最初の禊と任命式はまあいいとしよう。お披露目とこのパーティーで衣装を変える必要などないだろうに。まったく人間というのはよく分からんな……)
アリエスの内なる魔王は着替えの多さにものすごく戸惑っていた。なにせ魔王の時はほとんど着替えなかったのだから。
それに、教会の中でもほとんど着替えることはなかった。朝と夜に寝間着との間で着替えるくらいだ。それ以外だと乗馬の時だけだった。
寝間着、禊の衣装、任命式の衣装、お披露目の衣装、そして、今着替えているパーティードレスと、もう今日だけで五着目となっていた。
とはいえ、そこは今まで教会の中でずっと暮らしてきた元魔王だ。面倒だと思いつつも我慢していた。心の中と振る舞いをこれだけ使い分けられるのは、魔王時代からの努力の賜物だろう。
着替えの回数が気になっていたアリエスだが、ドレスの着替えが終わり、いよいよ生誕祭だ。
一気にアリエスの緊張が高まる。それというのも、各国の聖女たちと顔を再び合わせるからだ。
先程の任命式とは違い、伯爵邸のパーティー会場では自由に動くことができる。なので、至近距離で顔を合わせることになる。元魔王であることがばれないか、実にひやひやしているのだ。
その前に、アリエスの元を訪れる人物がいた。
「アリエス様、カプリナです。ご準備は整いましたでしょうか」
「はい、もう大丈夫でございます。カプリナ様の方はいかがですか?」
「ちょっと変わった格好なので恥ずかしいですね。今からアリエス様にお見せすると思うと、ドキドキします」
確かに、外から聞こえてくるカプリナの声はなんとも上ずった感じである。緊張で声がひっくり返りそうになっているのだろう。
とはいえ、十歳の少女の声だ。そもそも高い。それがひっくり返りそうになっているというのだから、相当な緊張と思われる。
「私もですよ。このような服装は初めてですから、カプリナ様にお見せするとなると結構緊張します」
「あ、アリエス様もですか?」
「では、私もドアの前に移動しますから、せーので見せ合いましょう」
「わわわっ、分かりました。覚悟を決めます」
アリエスは扉の前へと移動して、お互いに扉を挟んで向かい合わせになる。
アリエスが合図を送り、いよいよ扉が開かれる。
目の前にいたカプリナは、なんと騎士装束に身を包んでいた。マントは相変わらずスラリーが化けたものらしく、分かりやすいスライムの刺繍が入っている。
「まあ、かっこいいですね。さすがは聖騎士様という感じです。お似合いですよカプリナ様」
「あ、アリエス様こそ。ドレスがとてもよくお似合いです。普段が教会の用意された法衣ですので、とても新鮮な装いですね」
お互いに照れながら、褒め合う二人である。
「それでは参りましょう、アリエス様。本日のエスコートは、聖騎士である私が行いますわ」
カプリナの言葉に驚くアリエスではあるが、聖女と聖騎士という関係なのだから、それが当然かなと納得するのだった。
「はい、よろしくお願いします、カプリナ様」
二人は手を取り合って、パーティー会場へと向かっていった。
聖女たちや主要な人物が集まるパーティー会場へと二人はやってきた。
中では二人の登場を案内する声が響き渡っている。
賑やかだった会場の中が静まり返り、ゆっくりと扉が開く。アリエスとカプリナはこくりと頷き合って、中へと入っていく。
「聖女アリエス様、お誕生日おめでとうございます!」
「実に喜ばしい日でございますな。空白だったサンカサス王国に聖女が正式に誕生なされたのですからな」
会場の前方に姿を見せたアリエスたちに、誕生日を祝う声が参列者から次々とかけられている。アリエスはその声一つ一つに応えて、笑顔で手を振っている。
窓際の方へとちらりと視線を向けると、そこにずらりとアリエスの見慣れた衣装に身を包んだ聖女たちが並んでいた。その四番目にいる聖女の姿に、アリエスは強く惹かれてしまう。
忘れもしない、魔王だった頃の自分の死の原因となった聖女キャサリーンである。
(おっと?)
思わずアリエスは焦ってしまう。
キャサリーンと目が合ったのだ。ところが、キャサリーンはアリエスの顔を見て優しく微笑むだけだった。
予想外な表情を向けられて、アリエスはつい戸惑ってしまう。
(あやつ、あのような顔もできたのか。……それもそうか。敵に対して笑顔を向けるやつなど、そうそうおらんよな)
キャサリーンから向けられた思わぬ表情に動揺してしまったが、すぐに冷静さを取り戻して聖女として笑顔を見せている。
なんといっても、この会場における主役はアリエスなのだ。その主役が動揺を見せていては、集まった来賓たちに不安を与えてしまう。アリエスはすぐさま聖女としての振る舞いを取り戻していた。
主役が登場し、世界各国の聖女たちが一堂に会する。
この滅多にない光景が展開される中、いよいよアリエスの十一歳の誕生日を祝う生誕祭が始まるのだった。




