第47話 知らない間に援護していた元魔王
スラリーは、街のあちこちにスライムの気配を感じ取っていた。さすが同族というべきだろう。なにせ、スラリー以外で気がつけているのは誰もいないのだから。
そう、今日聖女になったばかりのアリエスだって気がついていない。このままではスライムのやりたい放題にされてしまう。
ただ、普通のスライムと違うのは、無差別に襲い掛かるはずのスライムがおとなしくしているという点である。このことから、アリエスたちはスライムを操るテイマーがいるのではないかと推測している。
「すらいむ、ていむ、むずかしい。でも、ふかのう、ちがう。すらりー、いいれい」
スラリーが力説している。
これにはアリエスはこくりと頷く。もちろん聴衆から分からないように小さくだ。
スラリーは魔王時代のアリエスが唯一テイムに成功したスライムだ。スライムとしての特徴を活かしつつ、魔王軍のための諜報に役立ってくれた。
ただ、当時はマイペースなことに加えて頭が悪かった。自分の配下に置いたことで多少頭はマシになったが、それでも手を焼く部下だった。
このようにスライムをテイムすること自体は不可能ではないのだ。ただ、マイペースで頭が悪いということで、テイムの成功率がよくないのである。
「しかし、スライムをテイムするとは……。しかも一体じゃなく、何体もテイムするとは、なんて奴なんでしょうね」
「とりあえず、聖女としての能力を使って被害が及ばないようにしましょう。スラリーとサハー、それともう一人そこにいますので、三人を除いて悪意を弾くための結界を張ります」
「アリエス様、私も助力します」
「カプリナ様……。はい、よろしくお願いしますね」
馬車の上で、アリエスとカプリナが同時に祈りを捧げ始める。
この姿を見た聴衆たちは、自分たちに祝福が与えられると大いに勘違いをして沸き立っている。
しばらくすると、アリエスたちの乗る馬車を中心として、ゾディアーク伯爵領の領都をすっぽりと覆い包むだけの結界を展開させたのだった。
―――
その頃、領都の外ではいうと……。
「そろそろ頃合いか。くくくっ、スライムに突如襲われて、混乱に陥るといい。聖女の生誕祭とやらを、素敵な悲鳴で埋め尽くすのだ」
外で構えるどす黒いローブを見にまとった、腰の曲がった魔族が街を眺めながらほくそ笑んでいる。
そろそろいいだろうと合図を送ろうとしたその瞬間だった。
パーンッ!!
突如として街を結界が覆ったのである。
「は? バカな。あの規模の結界を、一瞬で展開させただと?!」
あまりにも予想外な展開に、魔族は慌てふためいている。
「落ち着け……。まだ慌てる状況じゃない。スライムどもが中に残っていれば、何の問題もないのだからな」
魔族がスライムの状況を確認しようとするが、目の前にいきなり影が落ちる。
「な、なんだ?」
何が起きたのか分からない魔族は、ふと顔を上げようとする。
「ふべらっ!」
次の瞬間、衝撃が走って魔族は大きく吹き飛ばされていた。
一回、二回と地面で弾み、三度目の着地でようやく止まる。一体何が起きたのか分からなかった。
「な、なんなのだ。一体何が起きたのだ」
殴られた頬を擦りながら、魔族は大きな声で叫んでいる。
だが、頬を擦った魔族は自分に起きた異変に気がつく。頬が、崩れ落ちているのだ。
「ほああああっ?! 私の、私の体がぁっ?!」
体が崩れ落ちるとはまったく予想できなかった魔族は、慌てたように叫んでいる。
「まったく、十二年前に魔王を倒して、魔族は滅ぼしたのと思ったのですが……」
魔族の目の前にたたずむ女性が、なにやらぶつぶつと呟き始めている。
「可愛い後輩の生誕祭に、惨劇を起こそうとするとは容赦できません。この私が制裁を加えてあげましょう!」
「げげっ?! お、お前は……っ!」
魔族は目の前の人物のことを知っているようだ。
「おい、スライムども。私を守りなさい!」
「スライム?」
慌てる魔族の言葉に、女性は鼻で笑っている。
「ああ、人間に擬態して潜り込んでいた連中でしたら、もう全員倒しましたよ。後輩が分かりやすくしてくれましたからね」
「はあっ?!」
目の前の女性が何を言っているのか、魔族にはまったく理解できなかった。
なにせ結界が展開してから、女性がここまでやって来るまでの時間が短すぎたからだ。
「やはりお前は……、前の魔王様を滅ぼしたという……」
「おしゃべりはここまでです。さっさと消え去りなさい、汚らわしい!」
女性の手に持っていたこん棒のようなものが杖に変化する。その杖を見た瞬間、魔族は完全に戦意を消失した。
「くそっ。だったらせめて差し違え……」
「さあ、悪しきものを焼き払え」
魔族が攻撃を仕掛けるよりも先に、女性の魔法が早く発動する。
杖から噴き出した白い炎に、魔族は全身をあっという間に包まれてしまう。
「ぐぎゃああっ!! ま、魔王様……申しわ……け……」
あっという間に魔族の姿は白い灰となって消えてしまったのだった。
「ふん、もう次の魔王が誕生しているのですか。これでは、私もまだまだ休むことはできませんね」
杖を軽く振り払い、女性は一瞬でその場から姿を消してしまったのだった。




