第45話 聖女任命の儀式に臨む元魔王
時は、アリエスの生誕祭と聖女任命の儀式の日となる。
デビュタントはあくまでも国内向けの告知であり、この聖女指名の式典で正式に国外へと聖女誕生が発信される。
そのような重要な儀式の日ゆえに、アリエスはあり得ないくらい早い時間に起こされていた。
目を覚ませばまだ外は真っ暗。
少しずつ肌寒くなってきた季節ゆえに、布団から抜け出せば思わず震えてしまう。
(ううっ、魔王時代は上半身に何も来てなくても平気だったというのに、人間の少女というものはなんとも貧弱なものだな)
アリエスの内なる魔王はそんなことを思っている。
鍛えている上に魔力の武装をバリバリにまとっていた魔王に比べて、多少鍛えたからとはいってもまだ十歳の少女の肉体でははっきりいって貧弱すぎた。
魔法を使って寒さをしのごうとするも、同じく早く起きていた牧師に止められてしまう。
それというのも、今日の儀式はありのままで臨まなければ意味がないからだ。
今までの歴代の聖女も、国外の聖女たちもみな同じ条件で聖女となってきた。そのために、アリエスは渋々牧師に従っていた。
(俺と戦った聖女も苦労していたのだな……。なんだか、もう殺された恨みとかどうでもよくなってきたぞ……)
自分が実際に体験することとなって、なんとも聖女たちに同情の気持ちが湧いてきてしまうアリエスだった。
まずは禊のための衣装に着替えて、司祭たちの手で清められた水の貯められた槽の中で体を清める。
この肌寒い時期に、薄手の衣で水の中に入るのである。普通に考えれば虐待ともいえる状況だ。しかし、これは聖女となるためには必要な儀式。アリエスは文句も言わず禊を済ませる。
それが終われば、聖女任命の儀式へと移る。
衣装を儀式用のローブに着替え、教会の最奥の祈りの間へとやって来る。
(ここは、庶民たちの入ってこれる礼拝堂とは別の場所なのだな。なんとも凛とした雰囲気が伝わってくる)
明らかに違う雰囲気を感じ取ったアリエスは、急に身が引き締まってしまう。
『まあ、なんて複雑な魂の子なのかしら』
『魔族の気配を感じるわ』
『しかし、神に認められて聖女として生まれた子。認めないわけにはいかないわ』
アリエスの耳に、いろいろと声が聞こえてくる。
(この声、歴代聖女の声か……。すまないな、俺のような混ざりものが来てしまって。だが、任される以上はしっかりと務めを果たすことを約束する。どうか見守っていてくれ)
儀式に臨むアリエスが、心の中で強く誓いを立てる。すると、先程まで聞こえていた声がぴたりと止まった。
どうやら、アリエスの決意が本物であると感じ、文句を言うのをやめたようである。
雑音が聞こえなくなると、アリエスはしっかりと前を向いて歩いていく。
よく見てみると、祈りの間の両側には、たくさんの女性が立ち並んでいる。おそらくは、彼女たちが世界各国の聖女たちなのだろう。
アリエスのいるサンカサス王国までかなりの道のりだっただろう。その長旅の末に集まった聖女たちを、アリエスは心の中で労っておく。
その中の一人に、ふと魔王は目が留まる。見たことのある金髪碧眼の女性の姿が飛び込んできたからだ。
(忘れもしない。あの聖女こそ、俺が死ぬ原因となった聖女だな。……あれからだいぶ経つというに、なんともやつれた姿だな)
聖女服はとても立派ではあるものの、あの時同様に頬はこけたままだった。魔王を倒したのだから、待遇くらい改善していてもいいだろうにと思うアリエスである。
そんなことを思っているうちに、アリエスは祭壇の前まで歩いてきていた。ここで付き添いをしていた女性の神官が離れていく。
アリエスは祭壇の前で跪き、祈りのポーズを取る。
祭壇に立つ司教が、経典を開き、儀式の挨拶を始める。
「天上におわす我らが神よ」
女性の司教の声が祈りの間に響き渡る。
さすが聖女任命の儀式。部屋の中にいるありとあらゆる人物はすべて女性で統一されていた。
「神の御使いとして、アリエスをサンカサス王国の聖女として認める」
長ったらしい詠唱が終わると、司教の後ろにある彫像が光を放つ。
彫像から強い光が放たれたことで、祈りの間の中には感嘆の声が漏れ出ていた。
この彫像から光が放たれるという現象は、神によって新たな聖女が正式に任命されたことを示している。強い光が放たれたということは、アリエスは聖女としての適性がかなり高いということを示している。
つまり、資質の高い聖女が誕生したということを表しているのだ。
聖女認定の儀式が無事に終わると、静かなはずの祈りの間の中に拍手が響き渡る。
よく見ると、司教、司祭、聖女と、祈りの間の中にいるすべての人物が聖女アリエスの誕生を歓迎して拍手をしているのである。その中にはもちろん、魔王時代のアリエスを討伐した聖女も含まれていた。
全員から認められたことで、アリエスはちょっと聖女である自分を誇らしく感じているようである。
これらのふたつの儀式が無事に終わり、ついに長らく聖女不在だったサンカサス王国に、新たな聖女が誕生したのであった。




