第42話 先代と出会う元魔王
「うん……、ここはどこだ?」
アリエスはよく分からない空間で目を覚ます。
それと同時に、自分の姿を見て驚いている。
「なんだ、この姿は。転生前の俺の姿ではないか。一体どういうことなのだ……?」
姿見があるわけではないので、自分の顔はよく分からない。だが、視界に入る手などを見て、魔王だった時の自分だと気がつけたのだ。
見覚えのあるブルーグレーの肌色は、まさしく魔王だった時のものなのだから。
「それに喋り方も自然と魔王時代のものが出る。体に意識が引っ張られるというのは聞いたことがあるが、まさにこういうことなのか?」
姿と言葉遣いに頭が混乱する。
現状がいまいちつかめないアリエスは、頭をかきながら辺りを見回してみる。
だが、魔王の目をもってしても周囲に何かを見つけることができなかった。
どうしたものかと、アリエスはその場に座り込んでしまった。
『よく来ましたね。あなたの右手にお進みください』
「うおっ、なんだ?!」
アリエスの頭の中に突如として言葉が響いてきた。
聞いたことはないはずなのに、どこか安心できる声だった。
このままじっとしていても何も解決しないと感じたアリエスは、声の導く方向へと歩き出した。
思ったよりも時間がかからずに、アリエスは何かを発見する。
魔王の目で見つけられなかったというのに、確かにそこにはテーブルに二脚の椅子、そして、椅子に座る柔らかな表情の女性の姿があった。
「俺を呼んだのは貴殿か」
「いかにも。私は慈悲の聖女アリエスでございます。ようこそ、今代の聖女アリエス」
女性の自己紹介にアリエスは驚いていた。自分の名前の由来となった人物だったのだから。
確かによく見てみれば、教会の中に保管されている歴代の聖女の肖像画とよく似ていた。
その女性は、アリエスに椅子に座るように勧めてくる。なので、アリエスはおとなしく椅子に腰を掛ける。
「よくこんないかつい男の魔族を見て、その名前が出てくるものだ」
「はい、私は姿ではなく、魂を見ておりますのでね。本当に不思議な話ですよね、可愛らしい少女の中身が、このような恐ろしい方だなんて」
先代アリエスがくすくすと笑っている。
これにはアリエスは反応に困ってしまう。
「それで、その慈悲の聖女が俺に何の用だ。俺はただ服を見に来ただけだぞ」
「分かっておりますとも。でも、私の意思を感じ取って下さったことが嬉しくて、ついお呼びたてしてしまったのですよ」
アリエスは分からないという感じで首を捻っている。
「あの服、そのように仕立てても、私の意思を宿らせる模様が仕込まれるようになっていましてね。それを通じて、あなたは私のことを感じ取ったのです」
「なるほど……。俺が妙に惹かれたのは、貴殿の魔力のせいなのか」
「そういうことでございますね」
アリエスの推測を、先代アリエスは間髪入れずに肯定している。
あまりにも早い反応に、アリエスは困惑している。
「しかしだ。貴殿の名を受け継ぐ者の前世が、魔族を統べた魔王であることを問題視はしないのか?」
アリエスが疑問をぶつけると、先代アリエスは何度も素早くまばたきをして驚いている。
まるで何を言っているのかと疑問をぶつけているように見える。
「何が問題なのでしょうか。あなたはとても慈悲深い方です。魔王という立場になってしまったがゆえに非情に振る舞ってはいましたが、根本が優しい方であることはよく分かっております」
姿勢を正して、先代アリエスはアリエスに語り始める。
「あなたには、私ができなかったことを実現して頂きたいと思っております。慈悲の聖女とは呼ばれておりますが、日々行われる人間と魔族の争いに、私の志は結局実現できませんでした」
「それはどういうことだ?」
先代アリエスの言葉を、アリエスはいまいち理解できない。先代アリエスは、その反応を見ても説明を止めなかった。
「実は、私は人間と魔族との共存について考えていたのです」
「なんだって?」
アリエスは驚いた。慈悲の聖女と呼ばれていた人物は、魔族と手を取り合おうとしていたのは初耳だからだ。なにせ、教会に残された記録にもまったく記載されていないのだから、このような反応を示すのは無理のない話だった。
「うふふ、うまく隠し通せていたようですね」
してやったりと、先代アリエスは笑っている。
だが、話はまだまだ続こうという時だった。アリエスに頭痛が走る。
「いけませんね。私の世界に呼び出した時に前世を呼び起こしていたのですが、その効果が限界を迎えたようですね。すぐに現世の姿に戻しませんと」
先代アリエスはすぐさま祈りを捧げる。
すると、アリエスの姿は魔王の姿から少女の姿へと戻っていった。
「あ……、頭痛がやみました。……えっ?」
姿が少女に戻ったかと思うと、アリエスの口調が少女の時のものに戻っていた。
「えっと、なぜ私を前世の姿に?」
「その方が話がしやすいかと思ったからです。ですが、不安定な魔法ゆえにご迷惑をかけてしまったようですね。申し訳ありませんでした」
状況がよく呑み込めないながらにアリエスが質問すると、先代アリエスは謝罪をしてきた。
反応に困ったものの、アリエスは先代アリエスのことを責めることはなしなかった。わざわざ自分と話をしようと思ってくれたのだから、咎める気が起きなかったのだ。
「分かりました。私を聖女にした理由は、あなたの遺志を継いでほしかったということですね。慈悲の心のある魔王だった私に、人間と魔族の橋渡しをして欲しいと」
「その通りでございます。わざわざ神様にまでお願いをしたのです。魔族に慕われていたあなたならば、もしかするかもと」
先代アリエスは、そういうと黙り込んでしまった。
「……分かりました。私としても、できる限り自分の元部下とは戦いたくはありませんからね」
アリエスはむんと気合いを入れている。
「ありがとうございます。それでは元いた場所に送り返しますね。これ以上、現世の姿でここにいるのは危険ですからね」
「えっ、ちょっと、それはどういう……」
慌てるアリエスだったが、先代アリエスの魔法が発動すると、視界はおろか意識すらも真っ白に染め上げられてしまったのだった。




