第38話 心湧きたつ元魔王の部下
ゾディアーク伯爵領内に入り込んでいたライラも、日増しに街の中が慌ただしくなっていくことを感じ取っていた。
(まったく、なんだってこんなに街のみんなが慌ただしく動いているのでしょうか。これは調べてみるしかありませんね)
意気込んで宿を出たライラは、いつものように依頼を受けに傭兵ギルドにやって来た。
ここ最近の頑張りもあって、ライラのランクは上がっており、受けられる依頼の量も増えているようだ。
「本日はこれでお願いします」
「はい、オークの討伐ですね。ララさんの腕前でしたら、問題ないでしょうね」
受付はさらりと受託処理に入る。
ちなみにララというのはライラの偽名だ。ひねりのないシンプルな名前である。
「ありがとうございます。それはそれとして、街の中が騒がしくなっているようですが、一体何があるのでしょうか」
ここ最近の慌ただしさに疑問を感じていたライラは、受付に疑問をぶつけている。
ちょっとびっくりした受付だったが、落ち着いて質問に答え始める。
「近々大量の依頼が追加されることになるので分かることなのですが、ララさんにはお教えしておきましょう」
受付の話に、ライラはごくりと息をのむ。
その話を聞いてライラは、すっきりと納得した様子で討伐依頼をこなしに出かけていった。
伯爵領の領都から少し離れた森の中。
「ガーッ!」
「ふん、遅い!」
レッサーオークの群れを相手に、ライラは楽な戦いを繰り広げていた。
レッサーオークは通常のオークよりも小さく弱い魔物だ。人間とほぼ同じ大きさなので、冒険者でもあまり苦労しない。
「しかし、依頼にあったオークとは遭遇しませんね。もう少し奥に行ってみましょうか」
探知魔法を使いながら奥に進んでいくライラだったが、最後までオークを見つけることはできなかった。
「仕方ない。荷物が満杯だから戻ることにしましょう」
さすがに量が多くなってしまったので、やむなく一度戻ることにしたのだった。
だが、ライラはここで驚かされることになる。
「まあ、オークをこんなに狩ってきて下さったんですか? これで街道が安全になりますね」
「はあ?」
喜ぶ受付に、ライラは表情を歪ませる。
「いや、これはレッサーオークといって、オークとは別の個体ですよ」
「えっ?」
「え……?」
どうやら認識がずれているようである。
人間たちの間では、オークとレッサーオークの違いはないらしい。
だが、ライラたち魔族からすれば、オークとレッサーオークは明確に違う。オークは魔族だが、レッサーオークは魔物なのだ。
確認してみれば、人間たちの間では、オークは豚の頭を持つ二足歩行の魔物としか伝わっていないようだった。
なので、ライラは正確なオークの特徴を受付に伝えておいた。
「まったく、オークを探してとんだ無駄足を踏んでしまったようです。ですが、これで依頼達成であるのなら、ちゃんと賞金は頂きますからね」
「は、はい。それはもちろんでございます」
受付の女性はバタバタと奥へ行くと、しらばらくして討伐達成の賞金と素材の代金を持って戻ってきた。
「それでは、これが報酬ですね。それで、ララさん、つかぬ事をお伺いしてもよろしいですか?」
「なんでしょうか」
受付がちょっと戸惑いながら話し掛けてくるので、ライラはきょとんとした様子で聞き返している。
「はい、近々行われる聖女様の生誕祭と聖女認定式にもご参加いただけますよね?」
「あ、ああ。それはちゃんと参加させて頂きますとも。聖女様のお祝いの場に立ち会えるなんて、そうそうあることではありませんからね」
「よかったぁ。ララさんがいらっしゃればとても頼もしいかぎりです。まだ耳にするのですよね、魔王軍の残党が聖女様たちを襲撃しているという話を」
「そ、そうなのですか?」
ライラは受付の話をとぼけたふりをして聞き返している。
実はこの手の話はライラも痛いほど耳にしている。前魔王の敵と称したり、新しい魔王を名乗る不届き者の命令で襲撃したりという報告を。しかも、そのすべてが失敗に終わっているので困ったものなのだ。
「はい。ですので、ララさんみたいな腕の立つ方がいらっしゃるととても安全だなって思うのです」
「それは、ありがたいかぎりですね。はははっ」
ライラの心の内はすごく複雑だった。なにせ今は魔王を名乗る不届き者の下で働いている身だからだ。下手に気付かれてしまえばどうなるか分かったものではない。
自分だけならまだしも、自分の上司であるパイシズにまで迷惑がかかってはどうしようかと、正直考えてしまう。
しかし、普段は教会にサハーがいて近付けないために、聖女のことを調べらない中にあって、この聖女に堂々と近付ける場を利用しない手はない。
依頼を受けることができるのであれば、快く引き受けるつもりである。
ただし、サハーや襲撃への対策として、顔くらいは隠しておいた方がよさそうだった。変装をしているとはいえ、見抜かれる可能性がないとはまったく言えないからである。
(何にしても楽しみですね。聖女の生誕祭は……)
話を終えて、ライラは傭兵ギルドを後にする。
宿に戻ったライラは、いずれ来るその日のために宿泊を延長したのであった。




