第36話 お気に入りができた元魔王
初めて馬に乗ってから七日後のこと、アリエスは久しぶりにゾディアーク伯爵邸を訪れていた。二度目の乗馬体験をするためである。
この日のことはとても楽しみにしていたのか、アリエスは前日から楽しみでよく眠れなかったようだ。
「さあ、今日は前回のようにはいきませんよ。筋肉痛だなんて情けない真似、二度とするものですか」
「気合いだけはいっちょ前ですね、アリエス様は」
サハーがちょっと小ばかにするように笑っていると、アリエスはキッと睨み付けている。
「サハーこそ、馬を乗りこなせるようになって下さいよ。あなたは私の護衛の一人なんですからね」
「聖騎士がいますのに、なんで私まで……」
思わぬ反撃だったのか、サハーは渋そうな顔をしている。
相当サハーの態度が気に入らなかったのか、アリエスはぷいっと顔を背けていた。もはやすっかりただの少女である。
「ようこそいらっしゃいました。歓迎致します、アリエスさん、サハーさん」
ゾディアーク伯爵家にやって来ると、カプリナがアリエスたちを出迎えてくれる。今日もしっかり乗馬服が決まっている。
「本日もお世話になります。今日はどのような体験をさせて頂けるのでしょうか」
アリエスは楽しみでたまらないのか、カプリナに今日の訓練内容を尋ねてしまっている。これには思わず笑ってしまうカプリナである。
「本日の内容も、前回と同じでございますよ、アリエスさん。ホーンドが操る馬に乗って頂いてとにかく馬に慣れて頂くことになっております。私ですら一人で乗せてもらえるようになるまで結構な日数がかかりましたからね」
「そうですか。分かりました。早く一人で乗れるように慣れてみせますね」
カプリナの話した内容を聞いて、アリエスはふんすと鼻息荒く気合いを入れていた。
ちょっと聖女らしからぬ動きではあるけれど、誰も咎めることはなかった。
馬小屋までやって来たアリエスは、早速乗馬服に着替える。
その乗馬服を見た瞬間、アリエスは何かにふと気が付いた。
「あら、これはわざわざこしらえて下さったのですか?」
アリエスが腕を通した乗馬服は、前回着たものとはまったく違うデザインのものになっていた。
カラーリングがアリエスの髪や目の色を反映したものになっていたのである。
金色はさすがに無理なので、近しい色で代用してあるものの、自分っぽい色合いにアリエスはちょっと満足そうに笑っていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ですが、さすがに教会に持ち帰られては叱られるかもしれませんので、我が家できちんと管理させて頂くことになります。そこだけはご了承ください」
「分かりました。よろしくお願い致します」
アリエスは、カプリナに頭を下げていた。
そうしてホーンドと合流して、二回目の乗馬体験が始まった。今のアリエスはとにかく馬に乗っていることに慣れることが目的だ。
今回は前回とは違って茶色い毛色の馬が選ばれていた。
「あら、今回は違うお馬さんですのね」
「はい、前回と同じ馬でもよいのでしょうが、今はいろんな馬に慣れていただかなくてはいけません。それで、前回とは違う馬をご用意しました」
「なるほど、分かりました」
アリエスは前回の白い毛の馬が気に入っていたのか、ちょっと残念そうにしていた。
その姿を見たホーンドは、アリエスに声を掛ける。
「大丈夫ですよ。あの馬は別の役目が与えられることになっていますから。また触れ合える時が来ますって」
「本当ですか?」
ホーンドの話に、アリエスは顔を上げてぱあっと表情を明るくしていた。すっかり少女である。
「本当ですとも。ですが、詳細はお教えできませんよ」
「分かりました。楽しみにさせて頂きます」
話を終えたアリエスは、ホーンドの操る馬へとまたがる。
今回の馬は前回の葦毛の馬よりも少し視点が高かった。
周囲を見下ろすような高さに、ちょっと昔を思い出してアリエスは悦に浸ってしまう。
ふすーっという得意げな顔を見て、つい笑ってしまうカプリナとサハーである。
「なんですか、サハー。何がおかしいのですか」
「なんで私だけ睨まれるんですか?!」
横でカプリナも笑っているのを見ていたために、サハーは自分だけ叱られていることに理不尽を感じているようだった。
こんな和やかな雰囲気の中、アリエスの二回目の乗馬体験が始まった。
さすがに二回目ともなると、前回と違う馬とはいえアリエスにもかなり余裕が生まれていた。
ゾディアーク伯爵邸内の馬術場という狭いスペースの中だけではあるものの、アリエスは着実に馬に慣れていっていた。
「今日はこのくらいにしておきましょう」
「もう終わりですか。残念ですね……」
体験の終わりが告げられると、とても悲しそうな顔をするアリエスである。そして、名残惜しそうに馬の首を撫でていた。
「仕方ありませんよ。教会の方から時間について細かく決められてしまっていますからね。それを超えると何を言われるか分かったものではありません。聖女様には聖女様の務めがありますから、それを邪魔するわけにはまりません」
「うう、またご一緒しましょうね」
アリエスが体をポンと優しく叩くと、馬は目を細めて嬉しそうにしていた。
こうして、アリエスの乗馬体験の二回目が無事に終わったのだったが、さすがに体を鍛えていたかいがあったのか、翌日の筋肉痛は起きなかったようだ。
ちょっとした成長を実感したアリエスは、とても嬉しそうにベッドから飛び降りたのだった。




