第3話 五歳となった元魔王
アリエスと名付けられた魔王の転生体である少女は、すくすくと牧師たちの愛情を一身に受け、それは愛らしい成長を遂げていく。
さらさらと光輝く金髪は肩くらいまで伸び、まんまるとした青い瞳は、吸い込まれそうなほどにきれいな宝石のような瞳になっていた。
そう、牧師たちが自分たちの手で守り通すと決めていた五歳まで育ってしまったのだ。
なぜ五歳までという区切りがついていたのか。魔王改めアリエスは、その理由をついに知ることになった。
「お爺ちゃん、おはようございます」
「おお、アリエス。目が覚めたか」
「はい、今日はなんだかすっきりしています」
にっこりとした笑顔を見せるアリエスに、牧師は思わず顔をほころばせてしまう。
(ふふっ、どうだ。子どもの笑顔の破壊力はすさまじいだろう……?)
アリエスの中の魔王が、邪悪にほくそ笑んでいる。
(ふふふっ、魔王時代にも子育て経験があるからな。子どもというものはだいたい把握している。俺の魅力のとりこにしてやろうぞ)
育ての親である牧師のところに駆け寄りながら、アリエスの中の魔王は自信たっぷりな様子で笑っている。
目の前の牧師はそんな心の内に気付くわけもなく、アリエスの可愛さにずっと顔が緩んだままである。
「そうかそうか。今日は特別な日だからね。さぁ、とりあえず朝ご飯を食べようではないか」
「はい、お爺ちゃん」
アリエスは牧師と一緒に食卓を囲む。
しばらく黙って食べていたアリエスだったが、その最中、牧師が話し掛けてくる。
「さて、アリエス。今日が何の日か知っているかな?」
「いえ、知りません」
アリエスはしれっと答える。
人間であるなら、五歳児がそんなことを知っているわけがないし、魔王もそのあたりの知識がまったくない。ゆえに分かるわけがないのである。
「ほっほっほっ」
牧師は突然笑い始める。
あまりにも突然だったので、気でも触れたかと思うアリエスである。
「今日はな、誰しもが通る道である洗礼式の日なのだよ」
「洗礼式?」
聞いたことのない単語に、アリエスは首を傾げて質問をしている。
人間の子どもとして生まれ変わったせいか、仕草が自然と子どもっぽくなってしまう魔王である。
「洗礼式というのは、その年の初めから終わりまでの間に五歳になる子どもたちが受ける神聖なる儀式なんだよ」
「へえ、もっと詳しく聞きたい」
アリエスはねだっている。
キラキラと目を輝かせながら聞いてくるアリエスの姿は、牧師の顔をさらに緩ませていた。
「そうかそうか。なら説明しようか。わしたちのいるこの教会でも行われるしな」
牧師による洗礼式の説明が始まる。
それによれば、教会にある礼拝堂に五歳となった子どもたちが集められ、一人ずつ神前に祈りを捧げて神託を受けるというものらしい。
神託によって子どもたちの適性が示されるのだという。
(なるほど、俺の居城へと押し入った聖女も、この洗礼式を経て聖女となったのか。奴の神聖魔力は俺の魔力に匹敵、いや、それ以上あったからな)
アリエスは話を聞きながら、転生前の自分と戦った聖女たちのことを思い出していた。
自分たちを強化するとともに、魔族たちを弱体化させながら、さらには戦う騎士たちのケガを治すなどとんでもない魔法を行使していた。並大抵の魔法使いではできることではない。
ましてや、魔族たちでもそこまで器用な魔法の運用ができる者はほぼいないだろう。
魔王ですらも魔法の同時使用などふたつまでが限界だった。
(聖女は明らかによっつくらいまで使ってたからな。よほど特別だったのだろうな)
話を聞きながら、そんなことを思うアリエス、魔王なのだった。
ただ、適正を示すだけらしいので、それをどう活かすかは本人と家族次第なのだという。
他の可能性を摘み取らないとは、ずいぶんと寛容なようだった。
「洗礼式はお昼からだから、それまでゆっくりと休んでおくといいぞ。子どもたちが集まるのに時間がかかるからね」
「はい、お爺ちゃん」
話を終えた牧師の言葉に、アリエスは元気よく返事をしていた。
食事の後は、自分の部屋に戻ってのんびり時を待つことにしたようだ。
ベッドの上に転がって、アリエスは天井を見上げている。
(俺の場合は、神聖魔力が強すぎるらしい。隙を見て魔法を試してみたが、魔王時代に使っていた魔法はほとんどが使えなくなっていたな)
天井に向けて突き出した手を眺めながら、魔王はこの五年間で調べてきた、今のアリエスの魔力を振り返っている。
その結果、面倒なことに自分を殺しに来た聖女と同じ魔法ばかりが使えてしまったようで、このままだと聖女にされる可能性が高い。
(何が悲しくて自分を殺した奴と同じ道を歩まねばならんのだ。なんとしてもこの教会にいるやつに守ってもらわねばいかぬ。今の俺ではろくに戦うことはできなさそうだからな)
同じ五歳でも、魔族ならばほとんどの種族で戦うことはできる。だが、人間はそうもいかない。
今の魔王の体は思った以上に貧弱なのだ。
魔王は自分のことを勝手に転生させた神とか名乗る存在のことを許せないまま、その神からのお告げを受けるという洗礼式に臨む。
五歳となった元魔王であるアリエスに対する下される神託とは何なのだろうか。
その時は確実に近付いてきていた。




