第29話 思わぬものに興味を持つ元魔王
数日後、アリエスは育ての親である牧師と一緒に街に散歩に出かけていた。
普段はずっと教会に閉じこもってばかりなので、こういうお出かけはアリエスにとって嬉しいものである。
(うん、閉じこもってばかりでは不健康だからな。特にこの体は貧弱が過ぎる。やはり多少は鍛えねばなるまいて)
嬉しそうな笑顔の奥では、アリエスはそんなことを考えていた。
教会の中にいると神学や魔法学などの勉強ばかりである。勉強のない時間でも祈りを捧げたりと、とにかく鍛えるような時間がない。元魔王の屈強な体からすると、そこらに転がる小枝のような体なのだった。
元となる体が貧弱では、身体強化の魔法で耐えられる時間が短い。
先日のデビュタントの時の魔物の襲撃の時も、あっさり終わったので平気だったのだが、あれ以上続いていたら血を吐いていた可能性だって否定できなかった。
「ねえ、おじいちゃん」
「なにかな、アリエス」
「私、体を鍛えたいのだけど、ダメかしら」
アリエスにせがまれるような顔をされると、さすがに牧師は困ってしまう。
聖女の行動というものは、教会の方で管理されているので、牧師の方ではどうすることもできないのだ。
今日の外出も、アリエスが子どもだからこそ設けられているようなもの。牧師にはこの時間までに戻りなさいという指示が出されている。
「わしの一存では決めかねますな。司祭様たちと掛け合って、少し勉強の時間を減らせるようにしてみましょう。アリエスは頭がいいですし、そのくらいはできるかもしれませんね」
「やった、おじいちゃん、大好き!」
笑顔で牧師に抱きつくアリエスである。だが、よく見るとその眉尻がぴくぴくと動いている。どうやら恥ずかしいようなのだ。
とはいえ、さすがは元魔王。人心掌握はお手の物である。人の親はこうとでも言ってやれば、多少の無理は通ってしまうというのをすっかり理解していた。
実利を前に羞恥心など大した問題ではなかったのだ。
しばらく牧師と一緒に街を歩いていたアリエスの前に、思わぬ状態のカプリナが現れた。
「まあ、アリエスさん」
なんとカプリナは馬にまたがった状態で現れたのだ。
「カプリナ様?! その格好は一体……」
アリエスは目を丸くしていた。
カプリナは馬を止めると、鞍からゆっくりと降りる。
手綱をしっかりとつかみ、アリエスの近くまでやって来た。
「このような姿で申し訳ございません。乗馬の練習をしていた帰りなのでございます」
「まあ、馬に乗られますのね」
「はい。騎士たるもの、馬も駆れずして何が騎士かということでございまして、私もこの通り先日から訓練を始めたところでございます」
カプリナの説明を聞いて、アリエスは目をキラキラと輝かせていた。
(馬か……。それはいいかもしれない。今の俺は魔法が主体だ。馬ならば駆りながら魔法を使うこともできるだろう)
アリエスはいろいろと妄想を始めていた。
「あ、アリエスさん?」
目の前で急に笑い始めたアリエスに、カプリナは戸惑いを隠せなかった。
それは牧師も、カプリナに乗馬を教えている騎士も同じだった。
「私も、馬に乗ってみたいです!」
しばらく震えていたアリエスは、思い切り大きな声で自分の願望を口にする。
これには牧師も開いた口が塞がらなかった。
あらゆる聖女の話を思い出しても、馬にまたがっていたという記録はまったくない。
ただ、あるとすれば、聖騎士が自分の駆る馬に聖女を乗せたというくらいだろう。そのくらいに想像ができないものだった。
「ほ、本気なのかな、アリエス」
「はい。自分で馬を駆ることができれば、格段に移動が速くなります。そうなれば、多くの方を救えるのではないかと考えるのです」
目をキラキラさせながら、それっぽい理由を並べている。
「いや、それならば聖騎士と一緒に乗れば……」
「いえ、それではいけません。荷物はどうなさるのですか。二人分の体重が乗っていては、詰める荷物が減ります。馬の食事は生えている草でよろしいかもしれませんが、私たちはそうも参りませんでしょう?」
「うっ!」
痛いところを突かれて、騎士は黙り込んでしまった。
だが、それっぽいことを言っているが、アリエスはただ自分が馬に乗りたいだけである。
「そこまで言うのなら仕方ないのう。司祭様たちに掛け合って、アリエスの望みが叶えられるようにしてみるか」
「やった!」
拳を握ってぴょこんと飛び跳ねるアリエスである。
信じられるだろうか。こんな可愛い行動を取っているのが、人間を恐怖に陥れた過去を持つ元魔王なのだから。
最初は人間の真似事だったのだが、今ではすっかり体に引っ張られてしまっているようだった。
「たははは……。聖騎士に加えて聖女様にも乗馬を教えるのか。万が一の時に、俺たちの首が物理的に飛ばないでしょうかね?」
「そんなことはさせませんよ。大けがをしたってかばってみせます。だって、私のわがままなんですから」
なんとも頼もしい言葉なはずなのだが、騎士は心配になって仕方がないようだった。
「あ、アリエスさんと一緒に乗馬の練習ですか。う、嬉しいですね」
カプリナはカプリナで喜んでいるようだった。
複雑な感情が入り混じる現場となっていたが、騎士と牧師で少し話をして、その場は解散となった。
別れ際には、アリエスは笑顔で手を振り、カプリナは恥ずかしそうにしながら手を振っていた。
はてさて、唐突に持ち上がったアリエスの乗馬訓練だが、はたしてうまくいくのだろうか。




