第18話 大事なところを忘れる元魔王
ぱあっとアリエスの体から光があふれ出す。
強く一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には光がフィシェギルの体へとすっと吸い込まれていく。
「う……ぬ……」
「大丈夫でしょうか」
フィシェギルの目がゆっくりと開く。
「これは……苦しくない。俺は、助かったのか?」
目を覚ましたフィシェギルは、抱えられていたアリエスの腕の中から逃げ出すように飛び起きると、近くで深く跪いていた。
「お、お許しください。あなた様とはつゆ知らず、俺は……」
頭を下げて必死に謝罪するフィシェギルに、護衛たちはぽかんと立ち尽くしている。何が起きているのか分からないからだ。
フィシェギルへとアリエスは近付いていく。
目の前に座り込むとにこりと微笑みながら、フィシェギルの頬に手を当てる。
「これ以上は黙るんだな。ここで俺のことを言ってみろ、聖女として魔族であるお前を葬るぞ」
「ひっ!」
魔王のような言葉遣いで、フィシェギルを小声で脅す。美少女の姿から繰り出される恐怖に、思わず震え上がってしまう。
「お、俺はどうすれば……」
「簡単です。私に助けられたことで改心したといえばいいのですよ。あとで黒幕について教えて下さいませ」
「わ、分かりました。絶対に聖女様の正体については一切話しません。なので、どうか殺さないで下さい」
アリエスの見せる笑顔に、フィシェギルは本気で震え上がっていた。
誓いを立てるフィシェギルを見て、アリエスは優しい笑みを向けていた。
「せ、聖女様。その魔族は大丈夫なのでしょうか」
「はい、もう大丈夫です。ね?」
「は、はい! 命を狙ったというのに助けていただけるとは、このサハー、いたく感動いたしました。よって、この時より聖女様の下につかせて頂きます」
サハーと名乗ったフィシェギルは、それはもう必死に訴えていた。下手なことを言えば間違いなく消されると感じたからだ。
「し、信じられぬな。魔物の、いや魔族のいうことなど……」
せっかくまとまりかけているというのに、使者が面倒なことを言い始める。
「信じられぬというのは非常に理解できる。だが、現状でそのように言えば、聖女様のお言葉を疑うことになる。それでよろしいのですかな?」
「ぐぬ……」
まさかのサハーからの反撃である。
魔族からこのように諭されるとは思ってもおらず、使者は黙るしかなかった。
どうにか魔物の襲撃を退けたことで、改めてアリエスは橋を魔法で修復する。
(実に久しいな。自分の居城を築いていた時のことを思い出すぞ)
魔法で橋を構成するレンガを作り出し、土魔法で隙間をぴっちりと固めていく。一つ一つ丁寧なのだが、そのペースが速かった。
あっという間に修復された橋を渡り、やっとの思いで王都への道を再び進みだした。
橋を渡ってすぐの夜は、そのまま野宿となってしまう。
アリエスはサハーが何かを話したそうに近付いてきたのに気が付き、人払いをさせる。護衛や使用人が心配そうにしていたが、「大丈夫ですから」といって人払いを完了させていた。
「さて、サハーと申しましたね」
「はい。これはあの時に直々に頂いた名前でございます。あの時のことは忘れたことはございません」
「そうでしたかね?」
サハーが言う状況のことを、アリエスはすっかり忘れてしまっている。
そもそも魔族の部下が多すぎるし、フィシェギルたちはどちらかといえば下っ端に近かった。そのためにあまり記憶に残っていないようなのだ。もしかしたら、聖女への転生の際に欠落したのかもしれない。とにかくアリエスはサハーの名前のことはすっかり忘れているのである。
アリエスの反応に、サハーは残念そうな顔をする。
「……すみません。おそらくはごたつきの間に記憶から欠落してしまったようです。しかし、フィシェギルたちを鍛えたことはしっかり覚えていますよ」
「左様でございますか。それだけでも覚えていて下さるのでしたら、特に文句はございません。改めてあなた様の配下となれましたこと、誠に喜ばしく思います」
サハーは改めて頭深く下げる。
「しかし、このままでは目立ってしまいますね。申し訳ないですけれど、全身に鎧をまとってもらうなどして、隠してもらっていいでしょうかね」
「はっ、そのくらいでしたら我慢致します。まお……聖女様に迷惑をお掛けするわけには参りませんから」
サハーはまるで騎士のような受け答えをしている。
ところがだ、こうは言ったものの、すぐに用意できる鎧というものがない。
(うーん、困りましたね。こういう時にスラリーでもいれば違うのですが……)
スラリーはなんにでも擬態できる能力を持つスライムだ。なので、鎧になることだってできる。
今は別行動をとっているために、すぐに対応できない。はてさて、どうしたものだろうか。
「聖女様、少々よろしいでしょうか」
「誰ですか」
「警備隊の隊長を務めるハーテルと申します」
「分かりました。お入り下さい」
ハーテルと名乗った人物が入ってくる。
「サハー殿のことでお困りかと思いまして、私からの提案でございます」
ハーテルはそう言って、自分がまとっているマントを外し始めた。
「これには王国騎士団の紋章が刻まれた飾りがついております。これを身に着けて頂ければ多少のトラブルは避けられましょう」
「よろしいのですか? サハーは魔族ですのに」
「いえ、あの忠誠の姿を見れば、本気でお仕えする覚悟だということが分かります。私は感動いたしましたので、ご協力をさせて頂きたいと思うわけでございます」
「ありがとうございます。では、旅の間だけでもお借りいたしますね」
「はっ!」
アリエスがお礼を言うと、ハーテルは跪いて頭を下げていた。
どうにかこれで、王都までの間の問題は解決しそうでひと安心だ。
こうしてフィシェギルのサハーを加えた一行は、改めて王都へ向かったのである。