第170話 襲撃を受ける元魔王の故郷
アリエスたちがテレグロス王国に乗り込んでいた頃だった。
キャサリーンの裏切りによって、ミルキー湿原から退却をせざるを得なかったクラブ将軍たちは、平地まで戻ってきていた。
「あの生意気な聖女め……。この俺たちを裏切るとはいい度胸だ」
「ですが、将軍。どういたしましょうか。このまま戻るわけにもいかないと思われますし」
「まったくだな。……やむを得ん。ゾディアーク伯爵領へと侵攻するぞ。あのアリエスとかいう聖女の出身地らしいからな。意趣返しとして、滅ぼしてくれようではないか」
「はっ!」
クラブ将軍はおめおめと王国に戻れないと判断し、そのまま進軍を続けることになったようだ。
狙いはサンカサス王国王都ではなく、アリエスやカプリナの出身地であるゾディアーク伯爵領である。
密偵の報告では、このゾディアーク伯爵領こそが、魔族との同盟を結んだ最初の地だと聞かされているからだった。
魔族と手を組んだ人間は魔族も同然。そういう考えの下、クラブ将軍はゾディアーク伯爵領へと向けて進軍を開始した。
ミルキー湿原から元の山道へと戻り、そこから道沿いに進むとゾディアーク伯爵領へと到達する。
ここは、デビュタントの際にカプリナたちが通った道へと至る経路である。さらにいえば、このミルキー湿原はアリエスがサハーたちに襲われた川の下流にあたる場所でもあるというわけだった。
クラブ将軍は、テレグロス国王の命令を実行するべく、街道を進んでいく。ただし、そのまま街道沿いというわけにはいかない。行商人や旅人、傭兵たちなどと鉢合わせをしてしまうからだ。
不意を突くためには、やはり道なき道を進まねばならない。
「よし、この辺りから街道から外れるぞ」
「承知致しました」
クラブ将軍の命令の下、テレグロス王国軍は道なき道へと突き進んでいく。
街道ではない場所は、人の手がまったく入っていない。そのため、背の高い草が生え放題となっており、身を隠して進むにはちょうどいいのだ。
日が落ちれば、広い場所に移動してそこで野営を張る。
「この調子であれば、明日にでも攻め込めますな」
「うむ。なんとしても国王陛下によい報告をせねばならんからな。あの生意気な聖女がいなくとも、我がテレグロスの精鋭は戦えるのだ。吠え面をかくといいわっ!」
「まったくですね、将軍」
クラブ将軍と部下は大きな声で笑っていた。
翌日にはゾディアーク伯爵領に攻め入り、陥落させるつもりのようだ。その前祝いとして、将軍たちは軽く酒をあおっていた。
そうして迎えた翌日、テレグロス王国軍は進軍を開始する。
ところが、もう少しで伯爵領の領都が見えてくるところで、クラブ将軍は予想外な光景を目にした。
「うん? なんだあれは……」
「どうなさいましたか、将軍」
クラブ将軍の異変を感じ取った兵士が、気になって問い掛けてしまう。
「お前、あれは何に見える」
「はっ、どれでしょうか」
兵士はそう問い返しながらも、クラブ将軍の見つめる方向へと目を向ける。
そこにいたのは、領都の前に陣取る伯爵の私兵と傭兵団と魔族の姿だった。
なんということだろうか。待ち伏せをされていたのである。
「なっ、なぜ兵が待ち構えているのだ」
「いかが致しましょうか、将軍」
予想外の事態に、奇襲をかける気でいたクラブ将軍は焦っている。
だが、今さらながらに退けるわけでもない。かつては魔王を退けたテレグロス王国軍として、おめおめと逃げ帰るわけにはいかないのだ。
「ええい、魔族が混ざっているというのなら、討伐の名目は立つ。予定通り、やつらを蹴散らしてやるのだ」
「はっ!」
待ち伏せは予想外ではあったものの、クラブ将軍は予定通り、ゾディアーク伯爵領を襲撃する作戦を実行するようである。
ここまで来て今さら退けるかという、意地とプライドがクラブ将軍を突き動かしているのである。
「テレグロス王国の栄光のために! 行くぞ、お前たち!」
「はっ!」
クラブ将軍の号令がかかり、テレグロス王国軍は一気にゾディアーク伯爵領の領都へと向かって突撃をかける。
騎兵が機動力でかき乱し、弓兵と魔法兵がそれを援護し、崩れたところに歩兵が突撃する。クラブ将軍の頭の中では、完璧な作戦が描かれていた。
迎撃されていることは予想外だったが、クラブ将軍の勝利の方程式は簡単に崩れないと思われた。
「うん?」
ところが、予想外なことが起きた。
牽制のために放った矢と魔法が、届かないのだ。何かによって弾き返されているようにも見える。
「どうしたのだ」
「はっ! 矢と魔法が、なにやら障壁によって相手に届かないようであります」
「なんだと?!」
相手の防御を崩すために放った矢と魔法が、まったく届かないというのだ。一体何が起きているというのだろうか。クラブ将軍は焦りを見せている。
「ぐぬぬぬ……。構うな! 奴らは国の一地方の領主の軍勢だ。国の正規兵に敵うわけがないのだ。騎兵で蹴散らしてやれ!」
「はっ! 騎兵、敵陣をかき乱せ!」
号令が発動して、騎兵が突撃を続ける。ところが、騎兵の様子がどう見てもおかしい。
兵士の命令に従って縦横無尽に走り抜けるはずの馬たちが、段々とその動きを止めていっているのだ。
クラブ将軍の作戦は、またたく間に崩れ去っていく。
「ば、バカな……。こんなことが……こんなことがあるはずないのだ……」
まったくいいところが見られないまま、ショックのあまり、クラブ将軍はその場に膝をついて崩れたのだった。




