第168話 野宿をする元魔王
ペガサスでの空の旅をしていると、テレグロスのヨミナ王女がアリエスたちに問いかけてくる。
「サンカサスでは、馬がこのように空を飛ぶのですか?」
思わぬ質問に、アリエスとヴァコルが顔を見合わせてしまう。
「そんなわけがあるわけないじゃないですか」
「ええ、この子は特別な子なんですよ。おそらく、私の魔力と反応して誕生したのでしょう。よくこの子には乗っていましたからね」
ヴァコルは真っ向から否定し、アリエスも自分に関わったことで特殊な能力を得たのではないかと推測している。
質問をしたヨミナ王女は、変なことを口走ったことを謝罪して、答えてくれたことにお礼を言っていた。
まったく変な王女だなと、アリエスとヴァコルは微笑ましく笑ってしまっていた。
テレグロスの王都からサンカサスの王都までは、数日間の移動を擁する。
当然ながら、途中で野宿を挟まざるを得ない。
ところが、急な出発だったこともあって、食べ物なんてものもないし、寝床だって用意できやしない。毛布すらないのだ。
ここまでそんな状態での移動だったというのに、一体どうやってここまでしのいでいたのか。その答えは今から明らかになる。
「逃がしませんよ?」
アリエスが冷気を放出して魔物を捕らえると、ヴァコルが魔法で魔物を仕留めていた。
ヴァコルが魔法で火を起こして、仕留めた魔物を捌いて食事にしている。
「すごいですね。魔物の解体なんて、そんなに簡単にできるものなのですか?」
ヨミナ王女は、意外にも目を逸らさずにヴァコルが解体する様子を見守っていた。
「できるわけありませんよ。僕は王宮魔術師として、小さい頃からいろいろやってきました。魔法の実験で犠牲にした動物や魔物は、こうやって解体して供養してきましたから、その経験があってこなせているだけです」
「そうなのですね。素晴らしいですね」
ヴァコルの話を聞いて、ヨミナ王女はとても感心しているようだ。
実はこのヴァコルの解体技術には、アリエスも驚いていた。魔法だけではなく、魔物の解体技術を持っているとは知らなかったからだ。
まあ、アリエスがそれを知ったのは、ミルキー湿原での戦いの後の話である。あの時はキャサリーンがいたとはいえど、ヴァコルもちゃんとやることはやっていた。その際にアリエスはヴァコルの解体技術を見たのである。
魔王時代はそんなに調理なんてものにはなじみはなかったし、聖女に転生してからはほとんど他人がやってくれていた。それに加え、アリエスにはほぼ攻撃系の魔法は存在していないので、どこまでも無縁だったのである。
そんなアリエスではあるものの、野宿となれば出番があった。
「……これでよしっと」
「聖女、結界をどうもありがとうございます」
「私はこのくらいしかすることがありませんからね。あとは眠るスペースの浄化くらいでしょうか」
「はい、お願いします」
そう、結界と浄化である。
アリエスの張る結界はとにかく強力だ。この結界の能力は、キャサリーンにも負けないものである。
浄化に関しては、聖女ならば誰だって使える魔法だ。だが、アリエスは防御方面に性能を割り振ってしまっているので、ちょっとした浄化でもとにかくきれいになってしまう。
この日の寝床は、ヴァコルが狩った魔物の毛皮である。これさえあれば、とにかく地面からの汚れは気にしなくていいだろう。
「この分でしたら、あと三日もあればサンカサスの王都に到着するでしょう」
「そうなんですね。山や川を飛び越えて移動できるのはとても大きいですね」
ヴァコルの見込みを聞いて、ヨミナ王女は驚いている。
本来ならば、山や川、それに湿地帯を迂回しなければテレグロス王国からサンカサス王国への移動はできないのだ。
だが、空が飛べるペガサスなら、その面倒な地形をショートカットして移動ができる。そのために、普段の移動よりも圧倒的に早く移動できているのである。
「まったくその通りです。我が国の聖女には、いつも驚かされてばかりですね」
「そ、そんなこと……、ありすぎるかも知れませんね」
ヴァコルに呆れたような表情を向けられたアリエスが否定しようとするが、ふと自分のあれこれを思い出して、否定できずに顔を逸らしてしまっていた。とても元々魔王とは思えない可愛らしい仕草である。
「本当にこの方が、キャサリーン様が倒された魔王なのでしょうかね。とても信じられませんよ」
「ええ、姿と行動を見ていれば、まったく信じられません。ですが、魔族がおとなしく従っている姿を見れば、否定するのも難しいですね」
「え、えええ……」
あれこれ言われ放題のアリエスだが、自分自身でもそう思うところはあるのでまったく言い返せないでいた。
「も、もう、そういうことは今はいいじゃないですか! まだ先は長いのですから、ひとまずお休みましょう!」
「まあ、そうですね。それでは、僕はちょっと離れていますので、聖女、ヨミナ王女殿下をお願いします」
「わ、分かりました」
さすがに女性と一緒に寝るわけにはいかないと、ヴァコルは気を利かせて二人から距離を取っていた。
「それではヨミナ様、お休みになられましょうか」
「はい、お休みなさいませ」
テレグロス王城を飛び出して、最初の夜は深まっていく。
あんなドタバタがあったとはいえ、アリエスたちの関係は良好なようである。




