第160話 出くわす元魔王
王都を出発して、一日が経過した時だった。
「ちょっと待って下さい。前から何か来ます」
ヴァコルが指示を出して、兵士たちを止めさせる。
これにはサハーも驚いて、前方をじっと見つめている。
兵士たちも目をよく凝らすが、特に何が見えるわけでもない。そのために、持っている武器を強く握りしめ、不測の事態に備えている。
しばらくすると、ようやく前から迫ってくるものの正体が分かる。
「聖女と……テレグロスの聖女?!」
ヴァコルはキャサリーンの姿に驚いて、つい杖を構えてしまう。
ヴァコルほどの実力があれば杖は必要ないのだが、杖があればさらに魔法の威力を高められる。今回は最強聖女のキャサリーンが相手ということで持ってきていたのだ。
だが、なぜかキャサリーンとアリエスが仲良く並んで姿を見せたので、ヴァコルもかなり混乱しているようである。一体どういうことなのだろうか。
「アリエス様、ご無事でしたか!」
サハーが思わず叫んで駆け寄ってしまう。
「はい、無事でしたよ、サハー。それはそれとしまして、サハーたちも無事でしたのね」
「はい。相手が農民相手ということで強くない兵士ばかりだったこともありまして、カプリナ様とともに撃退して慌てて戻って参りました。いやはや、ご無事でなによりです」
サハーはアリエスの前に跪いて、無事と再会を喜んでいるようだった。
「無事の再会、なによりというものだわ」
「はっ! テレグロスの聖女、キャサリーン様……。これは失礼を致しました」
キャサリーンの声を聴いて、サハーが改めてキャサリーンを見る。初めて会ったわけではないので、そこまで畏まった態度は取っていない。
挨拶を終えたサハーは、改めてアリエスを見る。
「アリエス様、一体どうしてこのようなことに?」
「それは、ヴァコル様たちもご一緒の上でお話します。ね、キャサリーン様」
「ええ、そうさせてもらいましょう。今の私は敵対勢力の一人なので、まともに話を聞いてくれないでしょうからね」
「キャサリーン様……。そうかも、しれませんね」
キャサリーンは笑いながら話しているが、アリエスはどことなく心苦しそうに反応していた。
「聖女、よくご無事で」
「はい、ヴァコル様。キャサリーン様が私と一対一の勝負を申し出てくれましたので、テレグロス王国軍を封じることができたのです。今はまだ、ミルキー湿原にいることでしょう」
「アリエス様の力で凍った地面です。あいつらごときの実力では、そうか単には抜け出せないでしょう。私がいないと何もできない連中ですからね」
ヴァコルとアリエスの話に割り込んだキャサリーンは、そのように言いながら笑っていた。予想外に明るそうな笑顔に、ヴァコルはただ驚くばかりである。
「テレグロス王国に何か言われませんかね、テレグロスの聖女」
「言われるでしょうね。しかも、人質を取った上で私を処罰してこようとするでしょう。まったく、誰のおかげで国があるかも忘れて、おかしな連中ですよ」
心配そうにするヴァコルに対して、キャサリーンはただ笑っていた。
予断を許さなそうな状況だというのに、なぜこんなに余裕があるのだろうか。ヴァコルはキャサリーンの行動を理解できなかった。
「大丈夫なのですか、キャサリーン様?」
「大丈夫ですよ。あんな連中、私が一人でぶっ飛ばしてやりますから」
アリエスも心配そうに見つめるものの、やはりキャサリーンは余裕のようだった。
「そういうわけです。もうあいつらは国に一度戻るしかないでしょう。なので、サンカサス王国への進軍は無くなりました。どうぞご安心下さい」
キャサリーンはにっこりと笑っている。その言葉を聞いたサンカサスの兵士たちは、安堵の表情を浮かべていた。
しかし、キャサリーンの表情はすぐさま険しくなる。
「さて、こうなると、テレグロスの国王たちに、今までの恨みをぶつけるしかなさそうですね」
「本気でやるんですか?」
「ええ、もちろん。アリエス様も恨みはありませんか? あいつらの命令で私が魔王軍に攻め入って、当時の魔王軍は壊滅したのですからね」
「むむむむ……」
キャサリーンに言われて、アリエスはつい唸ってしまう。
直接的な原因はキャサリーンではあるが、その黒幕がいるとなれば、アリエスも心が揺らいでしまっているようだった。
「私は……、本当は戦いは嫌いなのですけれどね」
「元魔王のわりに、おかしな話ね。でも、神に選ばれて聖女に転生するくらいだから、納得のいく話……かしらね」
アリエスが渋い顔をしていると、キャサリーンも苦笑いを浮かべていた。
「ヒヒーンッ!」
唐突に上空から馬の鳴き声が聞こえてきた。
何事かと思って見上げると、上空からペガサスが舞い降りてきた。
「ペガサス! なんでここに来たのですか」
アリエスですら驚いている。ヴァコルを王都に送り届けて、そのまま休ませられたはずだったからだ。どうやら、何かを察知してここまで飛んできたらしい。
「ブルルッ、ブルッ」
「えっ、テレグロス王国まで連れていって下さるんですか?」
ペガサスの反応を見て、アリエスが理解を示すと、ペガサスは首を縦に振っていた。
このペガサスの様子に、アリエスはヴァコルとキャサリーンを見てしまう。
「キャサリーン様、テレグロス王国に乗り込んでもよいですか?」
「ええ、もちろん。アリエス様はいらっしゃるだけでよろしいですよ。すべて私が片付けますのでね」
キャサリーンは悪い顔をして笑っている。相当に今までにうっぷんが溜まっているようである。
「二人だけでは心配です、僕も同行しましょう。サハー、兵士たちのことをお願いしてもいいですか?」
「はっ、お任せ下さい」
ヴァコルの頼みを、サハーはおとなしく聞き入れていた。
こうして、アリエスは、ヴァコルとキャサリーンとともにテレグロス王国に乗り込むこととなった。はてさて、どのような決着をつけるのだろうか。まったく想像がつかないというものである。




