第16話 トラブルに次ぐトラブルに見舞われる元魔王
高台からアリエスたちの乗る馬車を眺める謎の影がある。
「ちっ、聖女を殺すことができぬとはな……。せっかく集めたグレイウルフとアルミラージがこうも簡単に退けられるとは思わなかったぞ」
どうやらこの謎の人物が、アリエスたちに魔物をけしかけたらしい。
「どうやらあやつの言っていた通り、サンカサスの聖女は、我らにとっては脅威になるようだな。なんとしても葬り去る手を考えねば……」
謎の人物はアリエスの乗る馬車の行く先を見る。そこには一本の大河が目に入った。
「……そうか、川か」
川を確認した謎の人物は、すぐさま動き始める。
「ふははははっ! 水辺の戦いは俺にとっては都合のいいことだ。ついでにいろいろと破壊させてもらうとしようか!」
高らかに笑った謎の人物は、すぐさま次の作戦を実行するべく、さっさとその場を立ち去っていった。
―――
アリエスたちはというと、順調に王都へ向けて歩を進めていた。
襲撃から二日間、野営の際にはアリエスが結界を張って魔物除けをして過ごしており、旅自体は順調に進んでいた。
(伯爵領を出発して早五日。まだ王都には着かないのか)
アリエスは馬車の旅にいい加減に飽きてきていた。
人間の聖女に転生してからというもの十年。ようやく生まれ故郷となった伯爵領から初めて外に出たので、最初こそわくわくとしたものだ。
ところが、それは本当にあっという間に冷めてしまっていた。
(まったく、いつになったら目的地に着くのだ。退屈で眠ってしまいそうだぞ……)
もはやアリエスは耐えきれなくなっていた。
目の前に座る使者の話もまったくと言っていいほど興味を引かない。もはやただの苦行と化していた。
「聖女様、どうなさいましたか?」
「いや、もっと面白い話はございませんかと思いましてね」
「あややや、私の話は面白くありませんでしたかな?」
アリエスは力なくこくりと首を縦に振る。
「そうですか。それなら他国の聖女のお話などどうでしょうか。先に活躍されていらっしゃる聖女様たちのお話ならば、きっと興味を持たれるでしょう」
「そうかも、しれませんね」
アリエスは興味を引かれたのだが、さすがにここまでのつまらなさに疲れてしまっていたのか、返事があまりにも適当だった。
「それでは、隣国のセイテランドの聖女様のお話でも」
「隣の国にも聖女様はいらっしゃるのですね」
「はい、すでに御年三十近い聖女様でいらっしゃいますが、まだまだ一線級で活躍をしております。魔物との戦いでは常に前線に出向き、勝利をもたらしてきたという対魔族、対魔物に対しては常勝の聖女様でいらっしゃいます」
「……聞かせて下さい」
「はい、喜んで」
アリエスは使者の語る内容に興味を持ち、もっと詳しく教えてほしいとお願いする。使者は食いついてくれたことを喜び、嬉々として話を始めようとする。
まさにその時だった。
「ご、ご報告いたします!」
「なにごとだ!」
馬車が急に止まり、偵察に出ていた兵士が馬車に駆け寄ってくる。
「この先の橋が破壊されておりまして、このままでは川を渡ることができません」
「なんだと?!」
報告によれば、王都へ向かう街道を横切る川に架けられていた橋が壊されていたという。
今までどんなことがあっても壊れなかった橋が破壊されていたという事実は、全員に衝撃を与えていた。
「くそっ、他にも橋はあるが、迂回するには日数がかかってしまう。このままでは聖女様はデビュタントに間に合わなくなってしまう……」
使者の男性は、爪を噛みながらどうしたものかと考えている。
「一応、橋の近くには万一のための渡し場がありますが、馬車まで渡すことができるほどの能力はなさそうでございます」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
まったくもって困った状況になったようだ。
王都へと一番の近道である街道に架かる橋が、何者かによって破壊されてしまった。
川沿いに上流か下流へと移動すれば、一応他の橋が架かっている。
だが、川沿いの道は特に整備がされておらず、移動するには少なくとも一日は無駄になってしまう。
余裕を持ってきたとはいえど、さすがに一日以上のロスは避けたいところだ。
川に到着すると、確かに橋がど真ん中で破壊されており、とても向こう岸に渡れる状態になかった。
「ええい、魔法でどうにかできぬか?」
「いくらなんでも無茶でございます。我々は戦いに特化した護衛。そのような魔法は持ち合わせておりません」
「この役立たずどもが!」
使者はまた声を荒げている。
「でしたら、あなたがすればよろしいのではありませんか?」
「わ、私は、その……」
アリエスの指摘に、男性はどもってしまう。
(間抜けは見つかったようだな……)
予想通りの反応に、アリエスは困ってしまう。
(王家に仕えるというだけで威張り散らすとは。俺の手下にもいたな、そういうやつが。やれやれ、これではこの国の王家に同情を禁じえんな)
ため息をつきながらも、アリエスはすっと前へと出ていく。
「せ、聖女様。一体何を……?」
「私は聖女ですよ? 甘く見ないで下さいませんかね」
(魔王の頃はこういう土木に関してはいろいろとこなしてきたからな。聖女となった今も、おそらくは……)
アリエスは壊れた橋に向かって両手を伸ばす。
(このくらいなら、俺の力でどうにかできるはずだ)
アリエスが橋を修復して魔法を使おうとした時だった。
「ケケケーッ!」
なんと川から魔物が襲撃してきたのだった。