第156話 一発を食らわす元魔王
「みなさん、手出しは無用です。もっとも、その防壁を破れる者など、いないでしょうけれどね」
「なんだと?!」
キャサリーンが笑いながらテレグロス王国軍に話をしている。
「前回は、私は兵士たちと共に戦いましたが、今回は私とアリエス様の一騎討ちです。悪いですが、私たちの邪魔はさせません」
キャサリーンははっきりと言ってのけていた。
「何を言うか! 攻撃の手段も持たぬ聖女のくせに!」
「なんですって?」
キャサリーンがうるさく叫ぶクラブ将軍に、鋭い視線を向ける。
あまりにも冷たい表情に、クラブ将軍ですら黙り込んでしまう。
「さあ、外野は黙らせました。アリエス様、いざ、尋常に勝負を願えますか?」
「……いいでしょう。私もそのつもりで来ましたしね」
二人の聖女が、笑いながら向かい合っている。
とてもじゃないが、これから本気で戦い合う人物たちとはとてもじゃないが思えないくらい、それは晴れやかな笑顔だった。
「くそっ、今回の討伐対象が目の前にいるというのに、俺たちは何もできないというのか?」
「そうですよ。黙って見ていて下さい」
まだうるさく言うクラブ将軍に、キャサリーンはかなり語気を強めて注意をする。
本気となったキャサリーンの言葉に、クラブ将軍は腰が抜けてしまう。さすがは、最強聖女と言われるだけあるというものだ。
「戦場は、その氷の上でいいと見ていいのでしょうかね」
「そうですね。普通なら滑って戦えないでしょうけれど、キャサリーン様なら問題はないでしょうね。私も少しばかり、魔王時代の力を使いませんと、相手にはならないでしょう。……尋常に、勝負です!」
アリエスは、魔力をさらに解放する。
辺り一帯には吹雪が起き、視界が一気に悪くなる。
さすがのキャサリーンも、突然の吹雪には面食らってしまったようだ。
「これが……、本気の魔王の力ですか。できれば、あの時に見たかったですね」
「あの時の私は、部下が逃げ出すための時間稼ぎを目的としていましたからね。あなた一人に集中していい状況じゃなかったのです。そういう意味では、私もあの時は心残りでしたよ」
「まったく、魔族らしからぬお人ですね」
アリエスの話を聞いたキャサリーンは、困った人だというような顔で笑っていた。
かと思うと、一気にアリエス目がけて突進していく。
「声だけで私の位置を特定しますか!」
あまりにも迷いのない行動に、アリエスは感心してしまう。このちょっとした会話で、自分の位置を特定されたのだから。
なるほど、これが最強聖女かと、アリエスは納得するしかなかった。
バキーンッ!
アリエスがバックステップする前にいた位置に、キャサリーンの拳が叩きつけられる。
「信じられないですね。素手で氷を叩き割るとは!」
「魔族を滅ぼすために、自分の体も鍛えました。あの時とは違います。私一人でも、魔族と戦えるようになったのですからね!」
砕け散る氷が舞い上がる中、キャサリーンはアリエスをしっかりと見据えて笑っている。
キャサリーンの笑みを見たアリエスだが、どういうわけか同じように笑みをこぼしてしまう。自分の命が狙われているというのに、心が躍って仕方がないのだ。
(ふんっ。まさか、あの日の続きができる日が来るとはな。互いを納得させるためにも、全力で応えてみせようではないか!)
アリエスは、自分の体に身体強化をかける。
今の十一歳の少女の体では、なんといっても貧弱すぎる。魔王の力を使うとなると、その力に耐えられるように体を強化しなければならないというわけだ。
難儀な話ではあるものの、こればかりは仕方がない。神聖力で強化されたキャサリーンでは、まともに戦ってもまるで勝ち目がないのだから。
「フローズンスパイラル!」
何を思ったのか、キャサリーンの攻撃を躱しながら、氷のらせんを出現させている。
さすがに突如と生み出された奇妙な物体に、キャサリーンもその意図を理解できないようだった。
「そんな変なものを作りだして、どうするというのですかね、アリエス様」
「こうするのですよ」
目くらましを兼ねて、アリエスは強力な寒風を巻き起こす。
猛烈な吹雪が起きたことで、目を閉じてしまったキャサリーンはアリエスを見失ってしまう。
「はっ、どこに行きましたかね」
キャサリーンがあちこちを見ているが、アリエスの姿はどこにもない。
そんな中、小さく何かがこすれるような音が聞こえてくる。
「なんですか、この音は……」
気になっている変な音は徐々に大きくなってくる。
「これは、まさか!」
キャサリーンが気が付いた時には、時すでに遅しといったところだった。
「えーいっ!」
氷のらせんを滑り降りてきたアリエスが、勢いよくキャサリーンに殴りかかってきた。
完全に不意を突かれたキャサリーンは、アリエスの右の拳をまともに食らってしまう。
「ぐっ!」
まともに左頬に拳が入ったことで、キャサリーンはよろけてしまう。
十一歳の少女の拳は大したことがないのだが、氷のらせんを滑っておりて勢いがついたいただけのことはある。不意を打たれた最強聖女は、対応できなかったのだ。
「二度目は通じないと思いますが、一度でも通じてよかったです。どうですか、キャサリーン様、私の力は」
腰に両手を当てて、実に自慢げにキャサリーンを見下ろすアリエス。
ところが、キャサリーンはまったく反応がなく、静かな時間がしばらく流れるのだった。




