第155話 最強聖女と向き合う元魔王
地上に飛び降りたアリエスは、ゆっくりとキャサリーンたちテレグロス王国軍へと近付いていた。
今は暑い時期だというのに、アリエスが魔力解放をして冷気を巻き散らかすものだから、ミルキー湿原一帯には霧が発生していた。
(ふむ……。俺の氷の魔力が強すぎるからどうなるかと思ったが、なかなかに面白い現象を引き起こしてくれているな。これなら、不意を打って戦力を削れるやもしれん)
自分の魔力で湿地帯の表面を凍らせたアリエスは、状況を見ながらそのように考えている。
実際、テレグロス王国軍の方から、アリエスのいる方向はまったく見えない状態だ。
「くそっ! なんだ、この濃い霧は……」
クラブ将軍は、予想外の状況に焦りの表情を見せている。相手方の様子を見ることができなければ、簡単に攻め入ることができないからだ。
誰がこの霧の中にいるのが、アリエス一人だけだと考えよう。そういう意味では、テレグロス王国軍の足を止めることに成功したのである。
だが、だからといって事態が好転したわけではない。なんといってもテレグロス王国軍は人数が多い上に、最強聖女であるキャサリーンもいる。足を止められただけで、こう着状態を避けられたわけではないのだ。
アリエスは、氷と霧の中を歩きながらずっと考えている。
(さて、どうしたものかな。このまま出ていっても、テレグロスの連中のいい攻撃の的だ。弓兵と魔法兵がいる以上、うかつに動いてはキャサリーンのバフによって痛い目を見ることになる……)
ヴァコルを帰したとはいえ、サンカサス王国軍が合流するには二日はかかるだろう。それまで、アリエス一人でこの場をどうにかしなければならない。
覚悟を決めたアリエスは、ひとつ賭けに出ることにした。
(神よ。悪いがここで、魔王の力を無理にでも解放させてもらうぞ)
アリエスは、氷の上で一度立ち止まる。
「はあああ……っ!」
アリエスは気合いを溜め始める。
だが、本当にこの行動は諸刃の剣なのである。魔族の力を解放すると、キャサリーンにアドバンテージが出てしまうからだ。
アリエスは、サンカサスの聖女として王国を守るために、元魔王として魔族を守るために、この戦いに負けるわけにはいかないのだ。
だからこそ、一か八かというわけなのだ。
「な、なんだ。この強い魔力は……!」
「アリエス様の魔力ですね。ふっ……、本当に魔王だったのですね。なんと懐かしい魔力なのでしょうか」
クラブ将軍が驚く中、キャサリーンはとても冷静だった。
やがて、霧の中から一つの影が浮かび上がってくる。その影は、白と黒のふたつの魔力を放ちながら、圧倒的な存在感を示していた。
……そう、サンカサス王国の聖女、アリエスその人である。
「逃げも隠れもいたしません。私が、サンカサス王国の聖女アリエスです!」
テレグロス王国軍の前に姿を現したアリエスは、名乗りを上げる。
十一歳の少女とは思えないくらいの迫力が、アリエスから漂っている。
「問いかけます。テレグロス王国の精鋭たちよ。サンカサス王国へと武装して参ったのはどういう了見ですか!」
ただ問いかけただけだというのに、一般兵たちはその気迫に完全に押されてしまっていた。
クラブ将軍も、表情を歪ませるくらいだ。
テレグロスの兵士たちが怯む中、ただ一人だけ、アリエスへと向かっていく人物がいる。
他でもない、最強聖女の称号を持つキャサリーンである。
「アリエス様。その理由は、あなたが一番よく分かっているのではないですかね。その身に聖女と魔王の力を宿すあなたこそがね」
キャサリーンははっきりと言いきっていた。
「やはり、それが原因ですか」
「そうだといいましたら?」
アリエスの瞳が、今までに見たことないくらいに鋭い目つきになっている。
それに対し、キャサリーンの態度はまったく変わらない。幼い頃から聖女としての覚悟が決まっているキャサリーンにとって、目の前の人物が聖女であるかどうかなど、些事に過ぎないのだから。
「では……、十三年前の続きをして頂けるということで、いいのでしょうかね」
「そういう風に受け取っていただいて結構です。ですが……」
キャサリーンは数歩アリエスの方へと踏み出すと、自分の後ろに衝撃を生み出していた。
「おいっ! 何の真似だ!」
「黙りなさい。あなた方は所詮外野です。これは、私とアリエス様の因縁の対決。聖女と聖女の意地をかけた戦いといっていいでしょう。ですから、ここは一対一というのが筋ではありませんかね?」
「貴様、勝手な真似を……、おぶっ!」
キャサリーンをつかんで止めようとしたクラブ将軍だったが、キャサリーンの張った防壁にぶつかって弾き返されていた。尻餅までついて、実に情けない姿である。
「キャサリーン! こんなことをしておいて、ただで済むと思うなよ?」
「何を言っているのですか。過程はどうあれ、サンカサスにダメージを与えられれば、それでよいのでしょう? 私の加護なしに戦えない一兵卒など、黙っていればいいのですよ」
「貴様! 将軍である俺に向かって!」
クラブ将軍は暴れるものの、キャサリーンの防壁を破ることはできなかった。部下に指示しても、結果は同じだった。
「余計な体力など使っていないで、いずれやってくるサンカサスの援軍に備えておいて下さい。アリエス様は、自分一人で私たち全員を相手にするつもりのようですからね」
「なんだと?!」
キャサリーンの言葉に、クラブ将軍は驚きの声を上げている。
「ええ、その通りです。元魔王である私にしてみれば、敵はキャサリーン様一人だけ。あなた方は、そこで私たちの戦いを見ていればいいのですよ」
アリエスもこう吐き捨てると、改めてキャサリーンへと向かい合う。
かつて聖女と魔王としてまみえた二人が、別国の聖女同士として睨み合うのであった。




