第152話 心の揺らぐ最強聖女
少し時間は戻る。
テレグロス王国の王都を出発したキャサリーンたちは、国境付近まで到達していた。
行軍中のキャサリーンは、ずいぶんと思い悩んだ表情をしていた。
「キャサリーン様。だいぶお疲れのようですね」
一人の男が、キャサリーンの天幕にやって来た。
「これはクラブ将軍。私を気遣っているのですかね」
男に対して、キャサリーンは無表情で言葉を返す。
キャサリーンがクラブ将軍に無表情で返すのは、単純にこの将軍のことが気に食わないからだ。過去に、自分の息子と無理やり結婚させようとした過去があるのだ。
どうやらその時のことが、キャサリーンにとっては大きな傷となっているようで、クラブ将軍にはこのようにきつく当たっているのである。
「まったく、困りますな。冷静であるべき聖女のキャサリーン様が、そのように感情をむき出しにされては……。くっくっくっ」
なんとも癇に障る将軍である。
あまりにも無礼な態度に、キャサリーンは苛立ちを募らせている。
「おお、怖い怖い。これが最強と呼ばれる聖女の迫力ですか。実に怖いものですなぁ」
いちいち苛立たせてくるクラブ将軍に、キャサリーンの目は鋭さを増すばかりである。
「何の用だというのですか。からかうだけならさっさと持ち場に戻りなさい。明日には国境を越えるのですからね」
「ははっ、確かにそうですな」
本当に言い方の一つ一つが、キャサリーンにはいやみに聞こえてくる。さすがにこれ以上は聞く耳を持ちたくないようだ。
「気にかかることがございましてな。それをキャサリーン様に確認しに来たのです」
「何が気になるというのですか。はっきり仰って下さい」
クラブ将軍がようやく用件を言うと、語尾にかぶさるようにキャサリーンは言い返している。これ以上話を引き延ばされて、休む時間を減らされるのはたまったものではないからだ。
キャサリーンの怒りの剣幕には、さすがにクラブ将軍は少し引き下がってしまう。
「これは失礼致しました」
一応謝罪をした上で、クラブ将軍は話を続ける。
「少々ばかり、進軍が遅いのではないかと思いましてね。もしや、キャサリーン様、攻め入るおつもりがないのですかな?」
クラブ将軍の言葉に、キャサリーンはすぐに答えられなかった。
正直、キャサリーンにもなぜか分からない。魔族と手を組むとなると、キャサリーンにとってはとても許せないことなのは間違いないからだ。
ところが、サンカサス王国のこととなると、キャサリーンの脳裏にはアリエスの顔がちらついてしまうのである。
(……あの子が魔王の生まれ変わりだと聞いても、正直信じられないという気持ちしかなかったな。どこにでもいるような普通の女の子なのだから。ただ、魔族を配下に置いているという点については、そう考える方が正しいのかもしれないというものだ)
キャサリーンは頭を抱えている。
その時だった。
「いかがなさいましたかな、キャサリーン様」
「何か気配を感じますね」
「気配……ですか?」
キャサリーンが話す内容を、クラブ将軍はまったく理解できない。
最強聖女であるキャサリーンの感覚は、常人のそれをはるかに凌駕しているからだ。
「サンカサス王国の方角、あちらの上空に何かいます。人間に空は飛べるわけがありませんし、魔族の可能性があるでしょう。ですが、魔族の気配とは違う……。これは一体……」
「上空ということでしたら、弓兵と魔法兵を出して索敵させますが?」
「ええ、そのようにお願いします。私はこの野営地の結界を強化しておきますので、後程結果を報告して下さい」
「承知致しました」
クラブ将軍はキャサリーンの命令を受け、天幕から立ち去って部下に指示を出している。
一方のキャサリーンは、ほっとした表情を浮かべている。クラブ将軍からいろいろと言われていたので、正直相手をするのが面倒になっていたからだ。
(どなたか知らないが、本当に助かった。まったく、クラブ将軍には困ったものだよ。この年になっても、まだ自分の子どもたちとの結婚を諦めていないのだからね)
キャサリーンはクラブ将軍がきちんと指示を出していることを確認すると、天幕の中へと戻っていく。
「キャサリーン様、大丈夫でしたでしょうか」
「ええ、大丈夫よ。本当にクラブ将軍だけは苦手だわ」
侍女の言葉に、キャサリーンは露骨に嫌な顔をして答えている。
「困りますよね。いつまでも自分の息子との結婚を催促してくるとは、越権行為も甚だしいです」
「本当にね。それよりも、私は少々休むから、その間に何かあれば起こしてほしい」
「はっ、承知致しました。お疲れ様です、キャサリーン様」
キャサリーンは、天幕の中の組み立て式のベッドに横になる。このようなものがあるのは、国の聖女だからこそといってもいいくらいだ。
(さて、明日には状況次第でサンカサス王国内に突入する。迷っている時間など、もうない。テレグロス王国の聖女として、国の命令を優先させねば……)
戸惑いを隠せない心を持ちながらも、国の聖女として心を鬼にしなければならない。
アリエスとの対決の時は、もうすぐそこまで近付いてきているのだった。




