第151話 偵察に出る元魔王
「いきますよ、ペガサス」
「ヒヒーンッ!」
城から出てきたアリエスは、ヴァコルとともにペガサスの背に乗って、テレグロス王国軍の様子を窺うことにする。
国の位置関係からすれば、もうかなり近くまで来ていてもおかしくない。アリエスはかなり焦っているようだ。
「落ち着いて下さい、聖女。あなたが冷静さを失われては、キャサリーン様を擁するテレグロス王国とは戦いになりませんよ」
唇をかみしめているアリエスに、ヴァコルがしっかりと声をかけている。
思わぬ声に、アリエスははっとした表情をしている。
「ありがとうございます。その通りですね。私がしっかりしなくては、キャサリーン様との対決は勝ち目がありません。ですが、魔王の経験があるとはいっても、まだ未熟な十一歳の姿で何ができるのやら……」
アリエスはかなり不安があるようだ。
魔王としての本気を出せば、かなり大規模な魔法だって使えるだろう。だが、いかんせん人間の体としては十一歳という未熟な体だ。それゆえに、どこまで相手ができるのかという不安があるのである。
相手はピークが過ぎている三十歳前後とはいえ、経験でカバーができる範囲だ。
テレグロス王国軍が一緒にいる状況も加わって、どう考えてもアリエスたちにとっては不利な状況なのである。
しばらく王都からテレグロス王国方面へと進んでいく。
アリエスたちの視界には、探し求めていたものがようやく入ってきたようだ。
「見えてきましたね。テレグロス王国軍です」
「えっ、どこにですか?」
アリエスが叫ぶものの、どうやらヴァコルには見つけられないようだった。
元魔王ということもあり、アリエスの身体能力はそもそも高い。ただ、体がついていかないので、無理やり動かすとダメージが返ってくる。
その点、視力というものは体を動かさないので、いかんなく魔王時代の能力を発揮できるというわけだ。
だが、ヴァコルに問題のテレグロス王国軍を確認してもらおうとするも、あまり近づきすぎるとキャサリーンの感知範囲に入りかねない。おそらくこれ以上は危険だろうと、アリエスは判断している。
「ヴァコル様、私が指差す方向に、テレグロス王国軍の野営があります。おそらくあそこで今夜は休むようですね」
「ならば、僕たちだけで奇襲をかけますか?」
「いいえ。先程申した通り、キャサリーン様がいらっしゃる状況では、得策ではありません。キャサリーン様を私が引き付けて、そこをヴァコル様が攻め入れる状況にしませんと……」
「そうですか」
アリエスの意見に納得したヴァコルは、ぐっと我慢したようだった。
そのまま上空に待機した状態で、アリエスがじっとテレグロス王国軍の動きを見つめている。ヴァコルは様子がまったく見えないので、ここはアリエスに任せるしかなかった。
「……声が聞こえてきますね」
「僕の耳には聞こえてきませんけれど」
「元魔王の私だからこそですかね。これだけ夜目が利くのも」
ヴァコルが首を捻る中、アリエスはにっこりと微笑みながら言葉を返す。しかし、今はヴァコルと話をしている状況ではないので、黙ってもらうように頼んでいた。
かすかに聞こえてくる声に、アリエスは耳を傾けている。
「……進軍先は、やはり王都ですか」
「王都に攻め入るというのですか。完全な侵略戦争ですよ」
「しーっ」
アリエスが聞こえてきた言葉に反応してしまうと、聞いたヴァコルがつい声を上げてしまう。
聞き耳を立てているアリエスは、短くヴァコルに黙るように伝えると、再び話し声に耳を傾けている。
(俺がこれだけ目や耳がいいということは、奴らにとっては誤算だろうな。たまたまだが、あの場所でこの情報を得られたのは僥倖だ。こうやって対処が間に合っているのだからな)
アリエスがさらに聞き耳を立てた時だった。
「いけません」
急に驚いた顔をしたアリエスが、ペガサスに指示を出す。
「どうしたのですか、聖女」
あまりにも突然なことに、ヴァコルは慌てふためているようである。
「キャサリーン様に気付かれてしまいました。こちらに向けて兵がやってきます」
「なんですと!」
そう、夜という状況に加え、これだけの距離を話しているというのに、キャサリーンに気付かれてしまったのだ。さすが現在時点での最強聖女は格が違った。
いくらペガサスで上空に待機しているとはいっても、弓兵ならまだしも魔法隊ともなれば躱せない可能性がある。アリエスは慌ててペガサスを走らせ始める。
「いいですか。このまま城の方へ帰ってはいけません。おそらくある程度の距離まで追尾されているでしょう。ですので、まずは別の方向へと飛ぶのです」
アリエスがこう話しかけると、ペガサスはそれに従っている。来た時とは違う方向へと駆け始めたのだ。
慌ててはいるものの、さすがは元大軍を率いた経験のあるアリエスである。最善の手を打つべく、小さな体の頭脳をフル回転させている。
実力のある二人とはいえ、さすがに世界最強の聖女を相手をするには分が悪い。
今回は偵察だけなのだ。とにかく、この状況を無事に国王たちに報告しなければならない。
アリエスたちは、キャサリーンたちの追走を振り切るために、必死に夜の空を駆けていくのだった。




