第15話 襲撃される元魔王
アリエスを乗せた馬車は、分岐点を右手に進んでいく。こちらが王都への近道であり、本街道だからだ。
馬車の中のアリエスはにこにことした笑顔を崩さず、ひたすら王都からやって来た使者のくだらない話を延々と聞かされている。
(まったく、よく喋るものだな。正直俺はもう飽きたぞ)
心の中でそうは思いながらも、アリエスは笑顔を崩さずに、正面に座るいい年をした少々小太りな男性の演技じみた動きを交えながらの話を黙って聞いていた。
本当に目の前の男性はよく喋る。
十歳の少女を相手にそれが受けると思っているのなら勘違いも甚だしい。アリエスはそんなことを思いつつも、ただただ耐えていた。
(魔王の時だったら怒鳴りつけてでも止めさせたのだがな。ここは聖女らしく、しっかりと聞き流しておかねば)
もはや聞いているのも耐えられない。拷問のような環境でも耐えなければならないとは、聖女というのはつらい立場である。
しかし、このような状況の中でも、アリエスはひしひしと何かを感じ取っていた。
(やれやれ、魔物も近付いてきているというのに、よくこやつは喋っていられるな。数としては二十から三十といったところか)
スラリーが感じ取っていた魔物の気配は、アリエスもしっかり感じ取っていた。馬車に乗った状態では外の様子は分からないし、しかも目の前の男が確認をしようにも邪魔すぎる。はたしてどうするべきか、アリエスは判断に困っていた。
困っている間に、徐々に外が騒がしくなってくる。
(もうかなり接近されているのだが、ようやく気が付いたか。護衛たるもの、もっと早く気が付いてもらわねば困るな)
アリエスはいろいろと困っている。
ようやく馬車が止まり、ガシャンガシャンという金属音が近付いてくる。
「どうした、騒がしいな!」
やっと中年男性が声をあげる。騒がしくなってからどれだけ経っているのだと、アリエスの中の魔王は呆れるしかない。
怒鳴り声の直後、馬車の扉が開いて護衛の兵士から報告が上がる。
「ご報告申し上げます。魔物が現れました」
「なんだと?! この王都とを結ぶ街道に魔物など、お前たちは一体何をしていたのだ!」
使者の男性は怒鳴り声を上げている。
だが、気付かなかったのならば男性も同罪である。あまりにも身勝手な言い分である。
(さて、このくらいの魔物であれば、俺が出ていけば簡単に終わるだろう)
アリエスはそう考えると馬車の中で立ち上がる。
「聖女様、一体どこに行かれるのですか?!」
男性が問い掛けてくる。
だが、アリエスはにこりと微笑むだけで答えることなく、そのまま馬車の外へと出ていく。
馬車の外へと出たアリエスが目撃したのは、魔物の襲撃からどうにか馬車を守ろうとする騎士や兵士たちの姿だった。
(この状況の中で報告に来たのか。遅すぎるというものだな)
思った以上に深刻な状況に、アリエスは呆れるばかりだ。
(襲撃している魔物は……、グレイウルフとアルミラージか。この魔物が同時に襲ってくるとは珍しいな)
瞬時に襲撃をかけてきた魔物の種類を判別する。
ただ、よっぽど奇襲をかけられたのか、護衛たちの動きが悪すぎる。鍛えられた騎士であるならば、一対一でも余裕で対処できるような魔物に苦戦しているあたり、魔王が倒れて平和ボケをしていたのかと疑いたくなるくらいだった。
(やれやれ、見ていられぬな)
統率の見られない動きに、アリエスは見ていられなくなる。
「危ないっ!」
周りを見てため息をついていたアリエスに、魔物の一体が襲い掛かろうとしていた。
「うるさいですね……」
「ギャインッ!?」
アリエスが小声で文句をこぼした次の瞬間、飛び掛かったグレイウルフはアリエスの手前で弾かれている。
一体何が起きたのか、護衛たちは誰も何も分からなかった。
「この程度の魔物の襲撃に、何を怯んでいるのですか。あなた方は護衛なのでしょう? もっと必死に守りなさい」
アリエスが叫ぶと、ひりひりとした魔力の衝撃波が駆け抜ける。たったこれだけで、魔物たちは一斉に怯んでしまう。
「さあ、加護よ。私たちを守りなさい」
アリエスがすっと跪いて祈るようなポーズを取ると、地面からツタのようなものが生えて、魔物たちを捕縛していく。
あまりにも一瞬過ぎるできごとに、護衛たちはもちろん、使者の男性も開いた口が塞がらなかった。
「何をしているのですか。私が魔物を捕らえたのです。あなた方は自分たちの職務も全うできないのですか!」
アリエスの言葉に、ようやく護衛たちは動き出す。
こうして、馬車へと襲い掛かってきた魔物たちはすべて討伐され、ようやく落ち着きを取り戻していた。
ほっとしたため息をつくと、護衛の隊長がアリエスへと近付いてくると、跪いていた。
「申し訳ございません。我らが不甲斐ないばかりに聖女様の手を煩わせてしまいました。なんとお詫びすればよいのやら」
「まったくだ。お前ら、戻ったら全員解雇してやるからな」
使者の男性は怒っているが、アリエスは男性を制して護衛たちに声をかける。
「一度くらい失敗はあるものです。護ろうと頑張って下さっていたのですから、私は気にしません。ですが、二度とないようしっかりと気を引き締めて下さい」
「はっ、なんと慈悲深い。我ら護衛騎士たち、この身に代えてもお守りいたします」
アリエスの言葉に、護衛たちは感動していたようだった。
(今回の襲撃、俺は気がついていたが、なんとなくおかしかったからな。並の騎士では気付けまい。咎めるのはやめておこう)
自分だけが気付いていた違和感が気になるだけに、事を荒立てないことにしたのである。
下手に咎めてぎくしゃくするよりは、その方が集中できるからだ。
魔物の処理を進める護衛たちを眺めながら、アリエスは今回の魔物の襲撃について考え込んでいる。
ところが、その結論が出ないうちに魔物の処理が終わってしまい、馬車は王都へと向けて再び出発したのだった。