第148話 一人飛び立つ元魔王
「死ぬがよい!」
テレグロス王国の兵士が、問答無用でアリエスに斬りかかってくる。
「アリエス様!」
馬車に乗っているカプリナとサハーが同時に叫んでいる。
ところが、斬りかかられた当の本人であるアリエスはものすごく落ち着いていた。
ガキーンッ!
金属音が響き渡ると、ひゅるひゅるという音を立てながら、兵士の持っていた剣が宙を舞っている。
アリエスの防護魔法に弾かれて、なんと剣が折れてしまっていたのだ。
「そのことを知っていて、なおかつこのような暴挙に出るということは、見えるものはひとつしかありませんね」
アリエスは落ち着いて何かをつぶやいている。
「私の所属するサンカサス王国に何をするおつもりですか?」
顔を上げたアリエスは、テレグロス王国の兵士に笑顔で尋ねている。
ところが、その顔を見たテレグロス王国の兵士はなぜか震え上がっている。
「ひっ! だ、誰が話すものか。お前はここで死ぬんだからな!」
「へえ……、聖女を殺すですか。この世界の平和を守っているのは、一体どなたでしたかしら。ねえ、答えて下さいませんか?」
「ひ、ひぃ!」
アリエスが笑顔で迫ると、兵士は青ざめて震え上がり、折れてしまった剣を振り回してアリエスを牽制しようとしている。
笑顔のまま近づいてくるアリエスに、完全に怯えてしまっているのである。
「何をしている。こやつを殺せばすべてが終わるのだ。さっさと殺してしまえ!」
「はっ!」
周囲に集まっていた兵士たちも、隊長と思われる男の命令で、アリエス目がけて襲い掛かってきた。
「フラッドスラスト!」
「守護聖陣!」
兵士たちの行く手は、横から放たれた技によって妨害されてしまう。
「誰だ!」
隊長の男が叫ぶ。
「他国内とはいえ、聖女様への暴挙を見逃すわけにはまいりません」
「我ら、聖女アリエス様の護衛として、貴殿らへ制裁を加えさせてもらおう!」
カプリナとサハーがアリエスの前に立ち、テレグロス王国の兵士たちと対峙している。
元魔族であるサハーはもちろんだが、聖女の護衛を務める聖騎士であるカプリナも、アリエスのことはよく知っている。元が魔王だからとか関係ない。自分たちが守るべき人物だからこそ、テレグロス王国の兵士たちと敵対する意思を示しているのだ。
「貴様ら! そやつのことを知っていて、我らの邪魔立てをする気か!」
「当たり前です。私は見ての通りの魔族ですからな!」
「私は聖女様をお守りする聖騎士です。聖女様をお守りせずして、どうするというのですか!」
なんともふざけた質問をするものだ。カプリナもサハーもそんな顔をしている。
「アリエス様、ここは私たち二人が引き受けます」
「そうです、アリエス様。こやつらを見る限り、おそらくすでにサンカサスに向けて派兵をしていると思われます。すぐさまペガサスでお戻りください!」
「大丈夫ですか、二人とも」
「なんとかするのが、私やスラリーというものでしょう。私もできる限りのことはしますが、スラリーがいる限り、カプリナ殿の心配は要りません。さあ、早く!」
カプリナもサハーも、かなりの覚悟を決めて話している。
アリエスはちらりと、馬車の御者にも視線を向ける。
「この私めにも気をかけて下さいますか。ご安心を、私もアリエス様のことを信じておりますゆえ、カプリナ様たちと同じ気持ちでございます。さあ、早く国へと戻って下さい」
「……分かりました。必ず、みなさん無事でいて下さい」
「もちろんですよ」
御者の言葉を受けて、アリエスは一人でサンカサス王国に戻る決意を固める。
その様子を見ていた隊長は、にやけた顔をしている。
「ふん、聖女一人が戻ったところで、我らには敵うまい。なんといっても、現役最強の聖女が我々にはついているのだからな!」
「やはり、キャサリーン様を差し向けておりますか。ですが、彼女であれば、きっと説得に応じて下さることでしょう。ただ、先に実力でどうにかしないといけないとは思いますが」
自分とキャサリーンとの間にある絆を信じるアリエスであるが、国王の命令には逆らえないだろうという見解も持っている。なので、キャサリーンを無力化するには、まずは実力でキャサリーンに勝たねばならない。
はっきりいって、三十年は生きているキャサリーンと、人間として生まれ変わって十一年のアリエスでは勝負にならないだろう。魔王時代の経験と知識が加わっても、逆転できるかどうかは怪しい。
だが、その状況でもサンカサス王国を守るためには、アリエスは動くしかなかった。元魔王であることを打ち明けても受け入れてくれた国なのだ。その国の聖女として、アリエスはその務めを果たさなければならないのである。
「いきますよ、ペガサス。まずはゾディアーク伯爵領へ!」
「ヒヒーンッ!」
アリエスがポンと首筋を叩けば、ペガサスは羽ばたき空へと舞い上がる。
「カプリナ様、サハー、スラリー、御者さん。どうかご無事で。私はキャサリーン様を止めに行ってまいります!」
「お気をつけて、アリエス様」
お互いに声を掛け合うと、アリエスはペガサスを駆って、サンカサス王国を目指して飛んでいったのだった。
キャサリーンを説得し、テレグロス王国の野望を止めるために。




