第146話 知らぬ間に知られる元魔王
その頃のテレグロス王国。
「陛下、少々よろしいでしょうか」
「なんだ、大臣」
国王の執務室に、大臣が突然入ってくる。その顔はなにやら慌てているかのような表情をしている。
「ずいぶんと汗だくだな。少しはやせた方がいいぞ」
「ははっ、そうでございますな……って、そういうことを仰っている場合ではないのです」
国王からの指摘に応じながらも、大臣は大切な用事は忘れなかったようだ。
その慌てっぷりに、国王の表情は歪むばかりである。
「とりあえず落ち着け。話は聞いてやるから、今やっている仕事が終わるまで待っていろ。まったく、こんな急ぎの案件をギリギリに持ってきおって。文官どもは最近たるんでおるな」
「国王陛下、そちらは私がしっかりと叱っておきましょう。陛下の手を煩わせるなど、文官として失格ですからな」
「ならば、管理をするお前も減給などをしてやろう。しっかりと言い聞かせておけ」
「はっ! も、申し訳ございません」
なんとも脇の甘い大臣である。自分が文官たちの上官であることを忘れての発言は、しっかりと国王に指摘されてしまっていた。そのせいで、とんでもない情報を持ってきたにもかかわらず、仕事が一段落するまで口に出せなくなってしまった。
待たされている間、大臣は相当イライラとしたことだろう。だが、自業自得である。
「さて、大臣。お前の話を聞かせてもらおうか」
ようやく筆を置いた国王が、大臣に声をかけている。ようやく自分の番が来たかと、大臣は胸を撫で下ろしているようだった。
「はい。実は各国に放っていた密偵たちからの報告なのですが、どうやら興味深い情報が手に入ったようでございます」
「ほう……。どのような内容だ、話してみよ」
「はっ、それでは耳を拝借いたします」
大臣は国王の隣まで移動して、ひそひそと報告内容を伝えていく。
報告を聞いていた国王の表情が、徐々に変わっていくのが見て取れる。
「それは、真か?」
「はい、密偵が直に見聞きしたことですので、間違いございません」
「そうか、それは実にご苦労だったな。……これは、いよいよ我が国の野望を実現に向けて動き出すべきということかな?」
「私個人としては判断いたしかねますが、動機づけとしては問題ないと思います」
「ふむ……」
大臣の意見を聞いた国王は、少し考えてこんでいる。
「……キャサリーンを呼べ」
「キャサリーン様を、ですか?」
「そうだ。今すぐここに連れてくるのだ」
「承知致しました。少々お待ち下さい」
国王の命令を受け、大臣はすぐさま執務室から出ていく。
一人になった国王は、机に肘をつきながらにやりと笑みを浮かべている。
「ふふっ、いよいよ明確に他国を潰せる事由ができたな。さて、奴らはいったいどのような泣き言を絞り出すのか楽しみだ。くくっ、くくくくく……」
国王の不気味な笑い声が部屋の中にしばらく響き渡っていた。
しばらくして、国王の部屋に大臣がキャサリーンを連れて戻ってくる。
「陛下、お待たせいたしました。聖女キャサリーンを連れて参りました」
「国王陛下、お呼びでございますでしょうか」
大臣が頭を下げる隣で、キャサリーンが堂々と立っている。
キャサリーンの姿を見た国王は、とても満足そうな笑みを浮かべている。
「聖女キャサリーンよ。とんでもない情報が入った」
「どのような情報でございますでしょうか」
国王の言葉に、キャサリーンは興味があるようだ。
「サンカサス王国は知っておるな?」
「はい、先日聖女が誕生したばかりですから、よく存じております。その聖女とは、個人的にも親交がありますゆえ、よく存じております」
個人的な親交という言葉に、国王がちょっと顔をしかめた。
「そうか。実はそのサンカサス王国なのだが、魔族と和平を結んだらしい」
「ほう、そうでございますか」
国王の話を聞いたキャサリーンの反応は、なんとも落ち着いたものだった。
「お前、魔族と手を組むような国を放っておいてもいいというのか?」
「サンカサスでございましたら、魔族と組んでも問題はないでしょう。アリエス様は、魔族すらも従えられるほどの方でいらっしゃいますからね。確かに、魔族は私の親の仇ではありますが、他国のことにあまり干渉すべきではないと考えます」
キャサリーンからの返答に、国王と大臣が驚いていた。あまりにも予想外過ぎたからだ。
「お前がその様にいうとは驚いたぞ。だが、これを聞いてもその余裕がもつというのかな?」
「なんでございましょうか」
国王が脅すように口を開くが、それでもキャサリーンはまったく動じていない。アリエスとかかわるようになってから、ずいぶんと変わってしまったように思われる。
「お前の親しいアリエスという聖女だがな、その正体が、かつてお前が倒した魔王だとしても、その態度でいられるのかな?」
「なんですって?」
国王から聞かされた内容に、さすがにキャサリーンは驚きを隠せなかった。
あの物腰柔らかい素敵な聖女が、魔王の生まれ変わりだと聞かされれば、それは驚くしかないというものである。
「……私は何をすればよいのでしょうか」
キャサリーンは国王に尋ねている。
明らかに態度の変わったキャサリーンに、国王と大臣は満足そうに笑っている。
そして、キャサリーンは国王からの命令を受けることになった。魔の手に堕ちたサンカサス王国を滅ぼせという、非情なる命令を。




