第143話 懐かしさと再会する元魔王
(やれやれ、この現象は前にも体験したな……)
光に包まれたアリエスだったが、とても落ち着いている。
なぜなら、このような現象は、以前の任命式の前にも体験しているからだ。
やがて、アリエスの目の前に、真っ白な空間が広がっているのが見えてくる。
その目の前には、一人の女性が建っているのが目に入った。
「アクア様、ですね?」
慈愛の聖女アリエスの時とは違い、その場に立っていた人物の姿に見覚えがったアリエスは、優しい表情を浮かべながら話し掛けている。
「どちら様ですか?」
目の前の女性は、アリエスの言葉に反応している。
「私はサンカサス王国の聖女、アリエスと申します。あなたは、ゼラブ国の聖女エリス様のお母様でいらっしゃいます、アクア様で間違いございませんね?」
「……はい、その通りです」
目の前の女性は、アリエスの問い掛けにきちんと答えていた。どうやら合っていたようだった。
「ところで、ここはどのような空間なのでしょうか。私はもうとっくに死んだはずなのですが?」
アクアはかなり戸惑っているようである。
病気で亡くなってからもう十年近くは経とうとしているのだ。そのことを思えば、この反応も当然だろう。
「ここはおそらく、魂だけの空間でしょう。私は以前にも、このような空間で先代アリエス様とお会いしたことがございますのでね」
「なるほど。ということは、私は一応神様には見放されていなということなのでしょうね。魔族との混血児を産んでしまったといいますのに……」
アクアはかなりエリスのことで心に傷を負っているようだった。
原因となってしまったこともあってか、アリエスはその悩ましげな表情を見て、心を痛めてしまっている。
「本当に申し訳ございません。すべては私が悪かったのです」
唐突なアリエスの謝罪に、アクアはびっくりしてしまっている。会ったこともない聖女から謝罪をされるなんて思ってもみるわけがないからだ。
だが、逆にアリエスの方からしてみれば、アクアは知らない女性どころか、がっつり一時期かかわりを持った女性である。そのことが原因で苦しんでいるのだから、アリエスがこのように謝罪をするのも当然というわけである。
「な、何を言っておられるのですか。アリエス様にはなんの関係もないはずではありませんか」
「いえ。思いっきり関係があるのです。私ではなく、私の前世との間でです」
「アリエス様の……前世?」
アクアは目をぱちぱちと何度もまばたきさせる。一体どういうことなのか、まったく理解できないのだからしょうがない。
「私の前世は、魔王です。十三年前、聖女キャサリーン様によって討たれた魔王その人なのですよ」
「なんですって?!」
アリエスが正直に告白すると、アクアは衝撃を受けていた。
「あなたのせいで、私は……!」
「はい。だからこそ、私は謝罪をしているのです。ですが、誓ってあなたに手を出してはおりません。ケガをしたあなたを介抱しただけです」
「しかし、私は実際に魔族との混血の子を身ごもりました。そのことをどう説明するのですか!」
アリエスが弁明しようにも、アクアからは大声で問い詰められてしまう。
「私だって信じられませんよ。魔王時代の部下からの推測では、私の魔力が影響を及ぼし、それで妊娠させてしまったということらしいです。信じられませんが、私とエリス様との間で共鳴が起こる以上、エリス様は魔王だった時の私の娘であることは間違いありません」
「やはり、なのですか……」
アクアはその場に膝をついてしまう。
アリエスはその姿に心を痛めてしまう。意図せずに自分が不幸の原因になってしまったのだから。
「今のエリス様はかなり立派になられましたよ。私が魔法の指導を致しまして、聖女として着実に成長しております」
「当然です。あなたが原因なのですから、あの子の面倒を見るのは当然ではありませんか!」
どんなに言いつくろおうとしても、アクアからは責められ続けるアリエスだった。
一度傷ついた心というのは、簡単には癒せそうにはないようだ。
「分かりました。サンカサスからゼラブまでは遠いですけれど、あなたの代わりに、エリス様のことを近くで見守っていましょう」
「私たちを不幸にした責任、一生取り続けて下さい」
かなり無念のうちに亡くなったということなのだろう。今のアリエスでは、アクアの心を解きほぐすことは不可能なようだった。
どことなく予想はしていたけれど、実際にそのような態度を示されてしまうと、アリエスは残念で仕方がなかった。
「ええ、ですからアクア様は、安心してお休み下さい」
アリエスは跪き、力を集中させて浄化の魔法を使い始めた。
「こ、この光は!?」
アクアが驚いている中、アリエスはさらに集中を増していく。
そして、この空間にやってきた時のように、辺りはだんだんと真っ白な空間へと染まっていく。
(さようなら、アクア様)
ざあっと、視界が真っ白に染まり、アリエスの意識は再び途切れたのだった。
「アリエス様!」
同行していた神官の声で、アリエスは意識を取り戻す。
「ここは、墓場ですね。どうやら、戻ってきたみたいですね」
「よかった。急にぴくりとも動かなくなってどうしたのかと思いましたよ。一体何が起きたのですか?」
「それは、内緒です」
神官に尋ねられても、アリエスは困ったような顔で笑うだけで、何も一切答えなかった。
「それよりも、もう戻りましょうか。十分に浄化も行いましたので、滞在する理由はございませんからね」
「は、はあ、分かりました。では、教会まで戻りましょう」
アリエスは、神官と一緒に墓場を去っていく。
アクアに別れを告げるために、アリエスは出口でもう一度深く頭を下げる。
アリエスはその心に、娘であるエリスをしっかりと守る誓いを立てたのであった。




