第140話 不利を有利にする元魔王
エリスの頭に生えた角が、頭首たちの目の前にさらされる。アリエスがいるとはいえ、エリスはものすごく怯えた様子で立っている。
これまでずっと必死に隠してきたものだ。なにせ、聖女とは程遠い存在だったのだから。
「その角は……。エリス、お前は魔族だったのか!?」
ルホスが驚いた表情でエリスを見つめている。もちろん、周りの人間たちも同じような反応を示している。
エリスは頭にかぶっていたヴェールを強く握りしめながら、じっとその場で耐えている。
「エリス様は、魔族と神官の女性との間に生まれた子どもでございます。ただ、その魔族というのがちょっと特殊なのでございます」
「魔族が特殊?」
アリエスが間に入って、事情を説明している。
さすがに言い分が分からないルホスは、難しい表情をしていた。
だが、アリエスは構わずに話を続ける。
「いろいろとエリス様とお話をして見て分かりました。エリス様の父親は魔王です。キャサリーン様に倒されたという、先代のですけれど」
「なんだと!?」
アリエスの言い放った言葉に対して、ルホスは大きな声を出して驚いている。
無理もない話だ。自分の国の聖女が魔王の血を引いているというのだから。魔王の血が入っているとなるなら、誰だってこういう反応になってしまうものである。
ところが、アリエスはとても余裕のある表情を浮かべている。
「大丈夫ですよ。その魔王というのは知られていませんけれど、穏健派だったのですからね。人間たちにちょっかいをかけていたのは、周りの魔族たち。むしろ魔王は、その動きを憂いていたくらいですからね」
「アリエスといったな。なぜそのように言いきれるのだ」
ルホスはアリエスに問いかけている。
まるで、魔族の中にいたかのような言い方をしているのだから、疑問に感じるのは当然なのだ。
周りからも厳しい視線を向けられているが、アリエスはまったくもって涼しい表情をしている。
「ルホス様」
「なんだ?」
「今から私が一番衝撃的なことを話します。心して聴いて下さいませ」
「……分かった」
アリエスは笑顔を崩さないまま、真剣な表情をルホスに向けている。その真剣さに応えるべく、ルホスも真剣な表情で返事をしていた。
了承が得られたことで、アリエスはカプリナたちに一度視線を向ける。カプリナも、サハーも、こくりと頷いている。
その姿を確認したことで、アリエスは再びルホスを見る。
「私、サンカサス王国の聖女アリエスは、実はそのキャサリーン様によって倒された魔王の生まれ変わりなのです」
「なんだと!?」
ルホスが椅子から立ち上がってまで驚いている。
目の前の聖女が二人して魔王との関係があるというのだから、無理もない反応である。当然ながら、周囲もざわざわと騒ぎ始めている。
エリスも戸惑ってはいるものの、アリエスだけが落ち着き払っている。
「みなさん、とりあえず静かにして下さい。私たちの身の上につきましては、これからしっかりと説明いたしますから。その上で、周辺に話すかどうかを決めて下さい。よろしくお願いします」
アリエスは四方向に体の向きを変えながら、しっかりと頭を下げている。さすが聖女として十一年も生活してきたので、この辺りの対応はきっちりとしているのである。
「……分かった。話せ」
「はい、ありがとうございます」
アリエスはにっこりと微笑み、その場に集まった全員に向けて事情を話し始めた。
エリスはケガを負ったアクアという女性との間に生まれた子であること、アリエスは死した後に神の手によって転生させられた魔王であることを説明する。
当然ながら、どちらにしても普通の感覚ではまったく理解できないし、信じられないことである。
「ですので、前世の私の魔力の影響によって生まれたエリスと私との間には、血のつながりはありませんが、親子という関係が成立します。私が今回の行動において、最初にこのゼラブを選んだのには、そのような背景があるのです」
「そ、そうなのか……」
「アリエス様……」
アリエスがエリスをきゅっと抱きしめる姿を見て、ルホスたちは言葉が出てこなかった。
エリスもエリスで、アリエスに抱きしめられてちょっと顔が赤くなっていた。
「そういえば、アリエスはどのような用件でこの場に来たのであるのかな」
「はい。これから魔族との間で和平が進んでくると、人間たちの脅威がなくなってきます。そうなると、人間同士の争いが起きるのではないかという懸念が出てくるのですよ」
「……なるほど、そういうわけか。その争いに、我々を巻き込まないように、このように話をしに来たというわけか?」
「そうですね。私としてはこのゼラブの隣国であるテレグロス王国が怪しいと睨んでいます。なにせ人類の最強聖女を擁する国ですからね。その気になれば、他国に攻め入ってあっという間に支配するというのも簡単でしょう」
「……ありえなくはないな。特に我が国は助けられてばかりだ。とはいえ、協力要請があれば断わるわけにはいかないだろうな」
「はい。その点を踏まえた上で、今回はお話に参ったのですよ。さあ、お話をしましょう」
アリエスはにこりと微笑んでいた。
たった十一歳とはいえ、元が魔王であるアリエスの笑顔は、ルホスたちを圧倒するには十分だった。
自分たちの不利な情報をさらけ出した上で、その場の雰囲気を掌握する。さすが元魔王である。
こうして、無事にゼラブ国における交渉を終えることができたアリエスたちなのであった。




