第139話 ゼラブの頭首に会う元魔王
どのくらいの時間が経過しただろうか。
「そろそろ大丈夫でしょうか、エリス様」
「あ、はい……。ただ、ショックが大きすぎて、まだ信じられないところです」
アリエスが声をかけると、受け答えができるくらいにはエリスは立ち直っていた。
優しい笑顔を向けるアリエスに対して、エリスはもじもじとしながらちらちらと視線を返している。
「どうかしましたか、エリス様」
気になるアリエスは、つい声をかけてしまう。
「いえ……」
そういって、エリスは一度顔ごと視線を外す。
しかし、すぐにアリエスの顔をじっと見て、率直な疑問をぶつけてきた。
「あの、ボクはアリエス様のことを何とお呼びすればよいのでしょうか」
何かと思えば、呼び方の問題のようだった。意外だったのか、アリエスはきょとんとびっくりしたような表情をしている。
予想外の質問を受けたアリエスは、つい口に拳を当てながら笑ってしまう。
「ごめんなさい。その質問をされるとは思ってみませんでしたからね」
ひとまず謝罪を入れるアリエスである。
「私は、エリス様の誕生にはかかわっていますけれど、魔力的なつながりがあるだけで、血のつながりがあるわけではありません。ですので、私のことは今まで通り、名前でお呼び下さい。同じ聖女なのですから」
「アリエス様……」
アリエスから告げられた言葉に、エリスはこくりと頷いている。にっこりと微笑むと、アリエスの手を握ってこう告げた。
「はい。これからもアリエス様とお呼びさせていただきます」
衝撃的な事実から吹っ切れたような、それは曇りのない満面の笑みである。
エリスの笑顔を見たアリエスは、とても安心したように笑顔を返していた。
翌日、アリエスたちはゼラブ国の頭首と面会することとなった。
教会からはそう遠くない場所にある頭首の住む宮殿が建っている。
朝食を済ませてきちんと身支度を整えたアリエスたちは、いよいよ頭首と会うこととなった。
思えば前回の訪問でも軽く挨拶した程度で、ほとんど教会に滞在していた。つまり、今回がまともに話をする初めての機会なのである。
そういうこともあって、アリエスは意外と緊張をしてきてしまったようだった。
「よく来たな、サンカサスの聖女よ。私が、このゼラブの頭首であるルホスだ」
「これはルホス様。しばらくぶりでございます。サンカサス王国の聖女アリエスでございます」
「うむ。我が国の聖女であるエリスが世話になったな」
「いえ、とんでもございません。同じ聖女として当然のことをしたまででございます」
アリエスは頭首であるルホスと挨拶を交わす。エリスのことでお礼を言われたものの、謙遜して答えている。さすがは聖女といった反応である。
アリエスがにこにこと微笑んでいる隣で、カプリナとサハー緊張しているようである。カプリナはただ単に慣れていないだけで、サハーはトップを目の前にすると緊張してしまう性分なだけである。
「それにしても、此度は何しに参ったのだ?」
ルホスは当然というべき質問を投げかけてきた。なにぶん、ルホスのところにはこれといった情報が届いていないからだ。アリエスがやってきたことも、昨日の時点で初めて知ったくらいである。
他国のトップに対してこの扱いでいいのかという疑問はあるが、教会同士で連絡を取っていたのなら別にいいというのがルホスのスタンスのようだ。
「はい。実は、ちょっと重大なことをお話しようと思っております」
「重大なこと?」
ルホスが聞き返せば、アリエスはこくりと頷く。
そこで、ここまでに起きたことをすべて伝えることにした。アリエスの話を聞いているルホスやエリス、その他のゼラブの人々は、段々と表情が険しくなっていっている。
「魔族と、和解したというのか?」
「はい、その通りでございます。ただし、現状では我が国サンカサス王国だけでございます。今後は他国との間でも和平交渉が行われる可能性は高いと思います」
「ふむ……」
アリエスの説明を聞いて、ルホスは信じられないといった態度を示している。
今まで人間と魔族との間では、幾度となく戦いが繰り広げられてきたのだから、無理もない反応といったところだ。アリエスとしても、想定内の反応といったところである。
「しかし、なにゆえ魔族との和解が成立した? 連中が人間と、特に聖女と和解できるような存在でないのは、分かっていることであろう?」
ルホスからの指摘が飛んでくる。
この指摘は間違ってはいない。聖女の存在というものは、魔族にとってはかなりの脅威なのだ。神官たちの力くらいなら耐えられる魔族もそれなりに多い。だが、それが聖女となれば、段違いとなる。
実際問題、十三年前に聖女キャサリーンの手によって魔王は討たれているのだから。
そういった歴史背景からして、ルホスはアリエスに疑問を投げかけているというわけなのである。
「確かにその通りでございます。ですが、私……いえ、私だけではございませんね」
アリエスは隣にいるエリスにも視線を向ける。
アリエスから向けられた視線に、エリスは思わずぎょっとしてしまう。まさかと思ったのだろう。
そう、そのまさかである。
「エリス、あなたの頭のものを見せなさい」
「えっ、でも……」
「大丈夫ですよ。そこにスラリーとサハーもいるのです。何も怖がることはありませんよ」
「……分かりました」
アリエスに言われて、エリスは決意する。
「ルホス様、……ボクの重大な秘密を明かします。とくとご覧ください」
エリスはそう言うと、頭のヴェールを取り、髪をほどいてみせた。
エリスの頭に生えた漆黒の角が、公衆の面前にさらけ出されたのであった。




