第135話 平和に過ごす元魔王
無事にゾディアーク伯爵との和平の締結ができたため、パイシズは魔王城へと戻ることとなった。魔王が不在となって混乱する魔王軍を改めてまとめ上げるためだ。
それに伴い、ライラも一時的に魔王軍のところへと帰還することとなった。時々世話になったということで、カプリナはその姿を見送りに出ていた。
アリエスとともにカプリナにも見送られ、パイシズとライラは魔王城へと戻っていったのだった。
歴史的な一日から、十日ほど経過した時だった。
サンカサスの聖女であるアリエスが、元は魔王だったという衝撃的な事実からも立ち直り始めたゾディアーク伯爵領は、今日も平和である。
元魔王であるということが分かっても、アリエスはゾディアーク伯爵領に対して献身的に尽くしてきたという実績があるため、思ったよりも混乱は起きなかったようだった。
「やぁ、サハーさん。今日はイモが安いよ、買っていくかい?」
「ふむ。アリエス様の好物ですからね、少しもらっていくとしましょう」
「少しといわず、たくさん持っていきなよ」
「いや、日持ちするとはいえ、あまり多くても困ります。領民が苦しむようでしたら、それはそれでアリエス様はご心配なさりますからね。あの方はとにかく他人を優先なさりますから」
「そうですか。本当に聖女様なのですね」
八百屋の店主と話をしたサハーは、結局イモを大量に買わされていた。
両手いっぱいのイモを持って、サハーはため息をついている。
「えっと、この代金はこのくらいですかね」
「お兄ちゃん、一枚足りないよ。適当に出すんじゃなくて、ちゃんと計算してよ」
「ああ、そうか。って、いくらになるのか分からないぞ」
「もう、お兄ちゃんってば……」
妹に注意を食らう兄の魔族である。
彼ら兄妹は、アリエスが助けた魔族だ。今ではすっかりゾディアーク伯爵領の領都で落ち着いている。
兄は、サハーの下で騎士となるために日々鍛錬を積んでいる。
妹は、なんということだろうか、教会で神官の見習いとして修業を始めていた。
妹の助言でどうにか代金を支払ったサハーたちは教会へと戻っていく。
「まったく、カストルときたら適当だな」
「そうですよ。お兄ちゃんってば頭を使うのを嫌うんですからね」
「うるさいな、ポルクは……」
「だから、お兄ちゃんが適当すぎるんだってば!」
教会へと戻りながら、まったくもって賑やかな一行である。
魔族の兄妹は、兄がカストル、妹がポルクと名付けられた。名付けたのは、もちろんアリエスである。
魔族というのは基本的に名前は持たない。名前を持つということは、特別な存在となったという証なのである。それを思うと、名無しのまま魔王の座に就いたアリエスはかなり異例といえよう。
アリエスはそれだけ元から持っていた力もあるが、持ち前の性格で魔族たちの信用を勝ち取ったのも大きかったのだ。
ちなみにその性格自体は、聖女となった今はさらに補強されてしまっている。
「ただいま戻りました、アリエス様」
「お帰りなさい、サハー。わざわざ買い出しに行って下さってありがとうございます」
「いえ、わざわざ教会の方々の手を煩わせるわけにはまいりません。アリエス様の忠実なる部下である私は、教会の部下でもあるのです。いくらでもこき使っていただいて構わないのですよ」
アリエスの言葉に、サハー改めてそんなことを言い放っている。
「サハー、その考えはやめて下さいませんか?」
「はっ、と申しますと?」
アリエスからダメ出しを食らうサハーである。
「確かにサハーは私の部下です。ですが、奴隷ではないのですよ? きちんと役割を分担しているのですから、極力守って下さい」
「し、失礼致しました」
「まったく、仕事を買って出るのはいいですけれど、都合のいい相手だと思われてはいけません。そこをしっかりと弁えて下さいね」
「はっ、仰せの通りに」
働くことは別に止めないが、きちんと節度を持ってほしい。アリエスはサハーにしっかりと釘を刺していた。
サハーの説教を終えると、アリエスは魔族の兄妹に視線を向ける。
「どうですか。人間の街には慣れましたか?」
にっこりと微笑みながら語りかける。
「はい、みなさんお優しくて、すっかり慣れました」
「ただ、その優しさに慣れない時がありますけどね。なんかむず痒いんです」
「そうですか。元々は敵対する存在でしたからね。そう簡単に気を許すこともできないでしょう。大丈夫です。私が聖女とという存在に慣れていったように、少しずつ慣れていけばいいのです。焦らないで下さい」
「はい」
アリエスの言葉に、二人はしっかりと返事をしていた。
四人がちょうど話を終えた頃、アリエスが司祭から呼び出しを受ける。
「分かりました、すぐに向かいます」
呼びに来た神官に、アリエスは承諾した旨を伝えると、サハーたちに声をかける。
「私は司祭様のところに向かわなければいけないようです。みなさんは買ってきたものを厨房までお届けした後は、ゆっくり休んでいて下さいね」
「はっ、そのようにさせていただきます」
アリエスの言葉に返事をすると、サハーたちは厨房へと向かっていく。
その姿を見送ったアリエスは、司祭のところへと向かっていったのだった。




