第134話 和平の実現を喜ぶ元魔王
話し合いは無事に終わる。
その結果、互いに不可侵とするという約束事を取りつけた。
互いの領土の境界には関所を設け、用がある時にはそこ通って互いの領地を行き来することとなった。
「もし、悪いことをする魔族をつけたのなら、ライラやサハーに申し付けて下さい」
「分かりました。そちらも悪いことをする人間がいたら、捕まえて突き出していただいて結構ですからな」
「承知しました。互いに良い関係を築きましょうぞ」
「そうですな」
なんとも歴史的瞬間といえよう。
人間と魔族が平和を誓い、互いの手を取りあったのだ。
その間には、一人の人物がいたことを忘れてはいけない。
「アリエス様、よかったですね」
「ええ、本当にそう思います。魔王として生きていた間も、ずっと魔族が平穏に暮らせるようにと願っておりましたからね」
カプリナに話しかけられて、アリエスは思わず涙を浮かべてしまっているようだった。
そう、人間と魔族との和平を昔から望んでいたのだ。それが目の前でひとつ達成できたのだ。喜びもひとしおというものだろう。
「あなたたちも、ここに住んでいいのですからね」
「本当ですか?」
「アリエス様なら、信じられる気がします」
ターレスの魔の手から逃れてきた、アリエスが助けた子どもの魔族の兄妹はとても喜んでいるようだ。
「それなら、私と一緒に教会暮らしになるでしょう。強くなるつもりがあるのなら、私が鍛えてあげますぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろんですよも。アリエス様の護衛でもいいですし、ライラのように傭兵の真似事をしてもいい。まだ小さいゆえに選択肢はたくさんある。目指したいものを目指すといいですよ」
「はい!」
魔族の少年は、キラキラと目を輝かせながら返事をしていた。
「おほん。はしゃぐのはいいが、まだ正式な文書として締結しておりませんぞ。私はこちらのゾディアーク伯爵と今から書類を作成しますので、会議が終わった以上、解散してもらって構いませんよ」
騒いでいるサハーたちに、パイシズが注意をしていた。
ここはパイシズとゾディアーク伯爵だけにした方がよさそうだ。
ところが、部屋を出ようとした時だった。
「パイシズ、ちょっとよろしいですか?」
「なんでしょうか、魔王様」
「お城では大丈夫でしたが、なんだか嫌な予感がしましたので、ちょっと失礼します」
出ていこうとしていたはずなのに、急に戻ってきたアリエスに驚くパイシズ。
どうやら、アリエスは何かを感じてパイシズのところへやってきたようだ。
「先程、ディサイトの影響の話が出ましたからね。ディサイトが死んだ今とはいえ、お二人になる以上、何かあっては困ります。念のために浄化をしておきます」
「ふむ、確かにそれは厄介ですな。状態異常系の魔法の中には、術者本人が死した後も残るものもございますし、場合によっては解除できないものもございます。念には念をというわけですな」
「はい、その通りです」
パイシズの話した内容を肯定すると、アリエスはパイシズに向けて浄化の魔法を使う。
本来ならば魔族にとってはダメージとなる浄化ではあるが、アリエスは元魔王ということに加え、魔法で相手を傷つけられないという特性を持っている。
だが、それならばなぜディサイトを倒せたのか。
答えは簡単。ディサイトは魔力の塊だからだ。魔力の塊は魔法と変わらない。浄化の魔法で魔法を無効化すれば、魔力の塊であるディサイトは魔力を浄化されて消え去ったというわけだった。
アリエス自身は攻撃魔法とはいっていたが、実際のところはそういうことなのである。
「ディスペル」
アリエスは、すべての魔法を解除する魔法を使う。
それと同時に、パイシズの体から黒いもやが浮かび上がり、魔法の光とぶつかり合って少しずつ消えていっていた。
「おお、さすがアリエス様。あっという間に魔法を消し去っていっている」
あまりにもキラキラとした光景に、サハーも見入ってしまっていた。
やがて光がおさまると、アリエスは大きく息を吐いた。
「ふう、これで大丈夫でしょう。それでは、伯爵様、お二人でごゆっくりとお話をなさって下さい」
「はい、ありがとうございます、アリエス様」
部屋の中にゾディアーク伯爵とパイシズの二人を残し、アリエスたちは伯爵邸を去っていく。
もうこれで、サンカサス王国と魔族たちとの間で争いごとが起きることはほぼなくなるだろう。
それが実現するとなると、アリエスが魔王時代から思い描いていた願いが、一歩前進する。
ただ、そうなってくると、魔族は絶対許さないという立場の聖女たちとの間で摩擦が起きる可能性は十分に考えられる。
その筆頭であるテレグロス王国のキャサリーンだが、すでにアリエスとの間で友好関係が結ばれているので、無駄な争いは減らせるだろう。
「少しでも血を流すようなことがなくなりますように。私はそのために、これからも頑張って参ります」
「アリエス様、私もお手伝いしますよ」
「すらりーも」
「それを言うなら私もだ。アリエス様がいなければ、私はとっくに死んでいたのだからな」
アリエスの宣言に、カプリナたちは同意してくれたようだった。
後日、ゾディアーク伯爵とパイシズの連名で、和平の宣言が発表される。
人々は驚いていたようだが、戦争がなくなるのならばと受け入れたようだった。
こうして、ゾディアーク伯爵領は、人間と魔族の共存する街となったのである。




