第133話 場を支配する元魔王
教会へと帰還の報告をしたアリエスたちは、パイシズたちと合流してゾディアーク伯爵の屋敷へと向かう。
国王たちと話はつけたというのに、なぜゾディアーク伯爵との間で話をする必要があるのか。それは、交戦した相手だからである。そのため、国との約束とは別に、話し合いをしなければならないのだ。
「お父様でしたら、そこまで警戒しなくてもいいかと思われます。問題は傭兵ギルドの方でしょうね」
ちらりとカプリナは、馬車に乗り込んでいる傭兵ギルドのマスターの顔を見ている。
ところが、傭兵ギルドのマスターはまったく微動だにせずに座っている。言葉を発することなく、ただ様子を見ているという状態のようだ。
そのおかげで馬車の中の雰囲気は最悪である。サハーとライラもどちらの肩を持つかでちょっと悩んでいるようだった。
重苦しい雰囲気の中、アリエスたちは伯爵邸に到着する。
結局ひと言も発することなく、ゾディアーク伯爵の待つ部屋へと向かう。
「ただいま戻りました、お父様」
「ああ、お帰り、カプリナ。アリエス様の護衛、ご苦労だったな」
「はい」
代表してカプリナが挨拶をすると、ゾディアーク伯爵は柔らかな頬笑みを浮かべてカプリナを迎えていた。
順番に席についていくが、パイシズだけは座らずに立っていた。
「このような場を設けていただき、まことにありがとうございます。私は魔王軍参謀のパイシズと申します」
「私はこの辺りを治めるゾディアーク伯爵と申す。さあ、おかけになって下さい」
「はっ、それでは失礼致します」
ゾディアーク伯爵の言葉を受けて、パイシズも椅子に腰掛ける。
「此度は魔王を騙ったラースのせいで大変ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
パイシズは深々と頭を下げている。
魔王軍の参謀と名乗った人物が深々と頭を下げて謝罪しているので、さすがに伯爵やギルドマスターは驚いているようである。
「パイシズ。あなたってば、私の言いつけをずっと守っていたんですかね」
「はい。私がこれまでもこれからもお慕いするのは、魔王様、あなただけでございます」
アリエスが言葉をかければ、パイシズからは即答で言葉が返ってきた。これにはアリエスも苦笑いである。
「ただ、これまで私も何度となく自分の意識がなかった時があります。その間に何をしていたのかと思うと、ぞっとする話でございます」
「そうですか。おそらくはディサイトによる洗脳を受けていたのでしょうね。実際、あの戦いにおける魔族たちはほぼ全員が洗脳されていたようですからね」
「せ、洗脳? ……いや、途中から魔族たちの様子が変わったのだから、その可能性は十分に考えられるな」
アリエスとパイシズのやり取りに、ゾディアーク伯爵が思わず反応してしまっていた。実際、攻撃的だった魔族たちが突然逃げまどい始めたのだから、伯爵としても可能性を疑わざるを得ないのである。
「おそらく、私がアリエス様を襲撃した時でしょうな。あの時に指示を受けたのはパイシズ様からでしたからね。何か様子がおかしいとは感じましたが、洗脳ならば納得できますよ」
話を聞いていたサハーが何かを思い出したように話している。
「なんと……。私はなんと恐ろしいことをしてしまっていたのだ」
パイシズは大きなショックを受けているようだった。
「なんだかよく分からんが、魔族だけで話を進めないでくれ。これは話し合いの場だぞ」
事情がまったくのみ込めない傭兵ギルドのマスターが、キレ気味にしながら口を挟んでいた。
「それにしても、ララ。お前まで魔族だったとはな。俺たちの情報を流して攻める機会を窺っていたのか?」
「潜入調査をしていたのは事実ですが、それは違いますよ。私の調査対象はあくまでもアリエス様で、傭兵ギルドはまったく関係ありません。監視をするにはどうしたらいいかと考えた結果が、傭兵になることだっただけですよ」
睨みつけながらやや決めつけ気味に話すギルドマスターに、ライラは精一杯反論している。
「そのライラの言う通りですぞ。サンカサスの聖女がどのような人物か調べるように指示したのは私なのですからな。もっとも、ライラはすぐに正体を見抜かれてしまったようですがね」
「ふふん」
パイシズも加わって反論していると、カプリナの頭に姿を見せたスラリーが踏ん反りがえって自慢気にしていた。それというのも、ライラのことに気が付いた一人だからだ。
それにしても、傭兵ギルドのマスターもずいぶんと冷静さを欠いているようである。このままではまともな話し合いができるとは思えない。場をまとめるゾディアーク伯爵の表情が苦悶に歪み始めていた。
パンッパンッ。
騒がしくなったところで、アリエスが手を鳴らす。
これを合図に、騒がしかった場が一気に静まり返る。
「はいはい。白熱するのはそこらへんにしておきましょう。傭兵ギルドのマスターの仰られた通り、ここは話し合いの場です。そう仰られた本人が熱くなられては困るというものですよ」
アリエスのまっとうな指摘に、白熱して立ち上がっていた傭兵ギルドのマスターはゆっくりと腰を下ろしていた。
さすがは元魔王の聖女アリエスである。笑顔のまま全員をおとなしくさせてしまっていた。
一気に落ち着きを取り戻した交渉の場。
ゾディアーク伯爵は咳払いをすると、場の提供者としてその場を取り仕切ることにしたのである。




