第132話 伯爵領に戻る元魔王
アリエスたちはようやくゾディアーク伯爵領まで戻ってきた。
「やっと戻って参りましたね、カプリナ様、パイシズ」
「そうですね、アリエス様」
ペガサスに乗ったアリエスが、馬車の中に座る二人に呼び掛ける。アリエスの言葉に、カプリナは嬉しそうに答えている。
ただ、カプリナの対面に座るパイシズの表情は、あまり明るさがあるという感じではなかった。
「どうかなされたのですか、パイシズ様?」
カプリナは思わずパイシズに問いかけてしまう。
ところが、カプリナに話しかけられても、パイシズは難しい表情をしたまま押し黙っていた。
「どうかしましたか、カプリナ様」
「いえ、パイシズ様が黙ったままで反応なさらないので、いかがされたのかと思いまして……」
「ああ、それでしたら大丈夫ですよ。パイシズは魔王軍の参謀です。魔王の不在の時には代理として魔王軍を率いることになります。それゆえに思い悩んでいるのです」
「そうなのですね。トップに立たれる方というのは、とても大変なのですね」
アリエスの話を聞いて、カプリナは心配そうにパイシズを眺めている。
そのカプリナの様子を見て、アリエスは微笑ましく笑みを浮かべているのだった。
ようやく領都に到着する。
「アリエス様、よくぞお戻りになられました」
「パイシズ様も、和平交渉、お疲れ様でございます」
領都に入るなり、サハーとライラがアリエスたちを目の前にして跪いて出迎えていた。
そのあまりの光景に、アリエスはつい目を丸くして驚いていた。
「まさか、入口にまで来て出迎えられるとは思ってもみませんでしたね。どうですか、変わりはございませんでしたでしょうか」
「はい、ゾディアーク伯爵領はまったく問題はございません」
「むしろ困ったのは、アリエス様のおそばで暮らしたいという魔族たちがやってきたことでしょうか。私どもで対応しておりましたが、いかがなさいましょうか」
ライラからの報告に、つい目を丸くしてしまうアリエスである。
とはいえ、自分の前後には同じように伯爵領で暮らす予定になっている魔族の兄妹も乗っている。これはむしろ好都合なのではと考えるアリエスだった。
「伯爵様や傭兵ギルドと相談をしてみましょう。私が聖女とはいえども、一存で決めていいようなことではございませんからね」
「はっ、承知致しました。では、私が伯爵様と掛け合ってまいりましょう」
「私は傭兵ギルドと話をして参ります。アリエス様は一度教会にお戻りください」
「分かりました。では、よろしくお願いしますよ、お二人とも」
アリエスと話を終えたサハーとライラは、すぐにそれぞれの場所に向かって走り出す。二人の姿を見送ったアリエスは、一度教会へと足を運ぶ。
ところが、教会の敷地を前に、馬車が動きを止めてしまう。
それというのも、教会という場所には結界が張ってあるために、普通の魔族では立ち入ることができないのである。サハーが足を踏み入れられるのは、アリエスの加護を受けているからだ。
「申し訳ございませんな、魔王様。我々はここで待たせて頂きます」
「仕方ありませんね。では、この子たちのこともよろしくお願いしますよ」
「承知致しました」
アリエスとカプリナは、教会の中へと入っていこうとする。
「スラリー?」
ところが、カプリナのマントに擬態していたスラリーが、変身を解いて馬車に残ろうとしていた。
「すらりー、ぱいしずといっしょに、まってる」
「そうですか、分かりました。では、待っていて下さいね」
「うん」
スラリーを残して、アリエスとカプリナは、ペガサスと一緒に教会の中へと入っていく。
残ったパイシズたちは、馬車の中で座っている。
「まったく、本人から聞かされましても、魔王様だとは信じられませんね」
「俺たちもですよ。俺たちを助けてくれたのが聖女で、魔王様の生まれ変わりだなんて、一体誰が信じるんですか」
少年の言葉に、妹がこくりと無言で頷いている。
「そういえば、君たちはどのようにして魔王様と?」
「変な魔族たちが急に俺たちの村に押しかけてきて、一緒に戦えと言ってきたんですよ。村長たちが断わると、奴らは村のみんなを殺し始めたんです。俺たちはどうにか逃げ出して、そこをあの聖女に助けてもらったんですよ」
「なるほど、そうでしたか。申し訳ないですな。私がラースを止められなかったばかりに、巻き込んでしまって」
「いえ、もういいんです。俺たちが弱かったから、あいつらにいいようにされただけなんですから」
少年は黙り込んでしまった。
「みんな、げんきだす」
見かねたスラリーが、魔族の兄妹の前にぴょんと移動する。
「まおうさま、たすけられた、まぞく。すらりーと、おなじ。おなじなら、なかよくする」
「スライムに励まされるっていうのも、なんだか不思議な感じだな」
「うん、変な感じ」
暗く沈んでいた表情が、少し明るくなる。
「いっしょにくらす。まおうさま、やさしい。あんしんできる」
「そこまでいうのなら、俺たちも少しは信じてもいいのかも、知れないな」
「そうかも」
スラリーの言葉に、魔族の兄妹は少し気持ちが落ち着いたようである。
馬車の中の雰囲気が少し和らいだころ、サハーやライラが教会へとやってくる。
「あれ、アリエス様は?」
「いまは、きょうかい。たぶん、もう、もどる」
「そうですか。伯爵様の家で話し合うことになりましたから、私めが呼びに行ってまいります」
サハーは教会の中へと向かっていく。
魔族との本格的な和解に向けての最初の一歩が、いよいよ踏み出されようとしていた。




