第131話 爪跡を残す元魔王
アリエスたちが帰っていった後、王子たちは部屋に集まってなにやら話をしている。
「いやはや、今日のことには驚かされましたね」
「ええ、まったくですわね」
「まさか聖女様が、元魔王だとは思ってもみませんでしたよ」
シーラ、ラソーダ、ソファリスの三人は、アリエスが話した真実をうまく受け止めきれていないようだった。突然、「自分は魔王の生まれ変わりです」と言われて、「はいそうですか」と受け入れられる方がどうかしているのだ。
そもそも、魔王と聖女というものは性質が正反対だ。そこからして、現実として受け止めるのに時間がかかってしまう。
「ですが、魔族をあのように簡単に配下にしてしまう点からすれば、その方がまだ納得いくかと思うのですよね」
「確かにそうかも知れませんね。第一、魔族は人間を強く敵視していますからね。聖女様の慈悲の心に打たれて改心とか、物語の話でしょうからね」
ラソーダとソファリスはそのように結論付けていた。
「しかし、元魔王ということになると、お父様も婚約者の話は考え直すでしょうね。お父様やわたくしたちが受け入れたとしても、ゾディアーク伯爵領以外の貴族がなんというか分かりませんもの。最悪、国の分断すらあり得ると思いますから、触れない方が賢明でしょう」
シーラは自分の考えを述べている。
ところが、それに異議を唱えたのがソファリスだった。
「いえ、僕たちとの結婚というとなると、別の方法がありますよ」
「ソファリス、何を言い出すんだ」
ラソーダが困ったような表情を浮かべている。
「聖女様を王妃として迎え入れるのではなく、僕たちの方が聖女様の元へと出向くのですよ」
「王族としての地位を捨てるというのか?」
ラソーダはソファリスの意見に否定的なようだ。
ところが、ソファリスはこくりと首を縦に振っていた。
「わたくしはソファリスの好きなようになさいと思いますけれど、お父様とお母様は反対なさるかもしれませんね」
「僕もそう思います。ですが、元魔王だとか関係ありません。聖女様のお人柄に惹かれたのですから」
シーラの懸念を肯定しながらも、ソファリスは自分の気持ちを曲げるつもりはまったくないようだった。それだけソファリスは、アリエスに対して本気ということなのだろう。
シーラとラソーダも、その気持ちはよく理解したようだ。しかし、これを実現するにはまだ壁がある。
「ソファリス」
「なんでしょうか、姉上」
シーラが声をかけると、ソファリスが反応する。
「あなたは、王国法というものをご存じかしら?」
「はい、もちろんですよ、姉上」
質問されたソファリスははっきりと答えている。その様子を見た上で、シーラはもう一度ソファリスに問いかける。
「では、王国法における結婚の年齢は何歳からでしょうか」
「はい、十五……、あっ」
質問に答えながら、ソファリスは重要なことに気が付いたようだ。
「そうです。王国法における結婚は、男女ともに十五歳以上からです。聖女様は現在まだ十一歳でございますから、ソファリスがどうだだをこねようと、王国法がそれを許してくれません。あなたは王族なのです。王族たる者、国民に規範を示せなくてどうするというのですか?」
「は、はい……、姉上」
シーラに言いくるめられて、ソファリスは残念そうに下を向いてしまった。
しょぼくれるソファリスの姿に、シーラもラソーダも大きなため息をついていた。
「やれやれ、わたくしたちの弟ながら、予想外なことに熱を上げてしまったようですね」
「まあ、姉上。聖女様が十五歳になるまで三年少々ございます。その間にソファリスも気が変わる可能性があるでしょう」
「そうですわね。その間もずっと一途であったのなら、その時はわたくしたちも考えましょうか」
ソファリスを目の前にしながら、シーラとラソーダはそのように結論を出していた。
アリエスは今年中に十二歳を迎える。そのため、三年としばらくの期間の猶予があるのだ。それだけの期間があれば、人の気持ちが変わるということは十分にあり得る話なのである。ゆえに、アリエスが十五歳になるその時まで気持ちが変わらないのであれば、二人はソファリスのことを応援しようと決めたようだ。
「簡単には変わりませんよ。僕は、聖女様一筋であり続けます」
ソファリスは、シーラとラソーダ相手に言いきっていた。
「まったく、ライバルは第二王子ですか……」
王子たちの話を廊下で聞いていた者がいた。
誰かと思えば、アリエスたちと別れてお城に残った、王宮魔術師のヴァコルだった。
「まったく、帰還のご挨拶をしようと思ってやってきましたら、実に面白い話を聞いてしまいましたね」
困ったような口ぶりではあるが、ヴァコルの口元は緩んでいる。
「本当にあなたはいろいろな人に好かれてしまう性質を持つ方のようですよ、聖女様」
ヴァコルは自分の部屋に戻る最中に途中で立ち止まって窓の外を眺めている。それは、ゾディアーク伯爵領のある方角だった。
「魔法にしか興味のないボクにすら、その存在を見せつけてくれたのですからね」
窓に額を当てたかと思うと、ヴァコルは顔を上げて、再び自分の部屋へと向けて歩き出す。
その時の表情は、今までに見たことにないくらい、楽しげなものだった。




