第13話 王都へと向かう元魔王
お茶会からしばらくして、王都からの出迎えがやって来る。
アリエスは聖女ということなので、王国から直々に出迎えがやって来たようなのだ。
聖女と聖騎士は一緒にということで、アリエスはカプリナと一緒に王都に向かうものだと思っていたので、予想外なことに驚いていた。
(こういう時だけは手回しがいいものだな。今までろくに何もしてこなかったくせに)
アリエスはデビュタントに対する手際の良さに正直苛立ちを覚えていた。
それというのも今の感想の通り、アリエスが滞在している教会のある領地に対する優遇措置が何もなされていないのだ。
聖女を抱えているだけでも、聖女を守るために必要な人手が必要になるというもの。それに対して、王家はまったく動いてこなかったのだ。
弱小伯爵の領地など捨て置けといわんばかりの冷遇。はっきりいってアリエスが手を貸さなければ、今頃どうなっていたかも分からない状態だった。
元魔王であるアリエスにとってしてみれば、庇護を与えるというのは実にたやすいことで、これで魔王時代もいくつもの集落を人間たちから守ってきた。その力を、今は自分のいる教会の近辺に与えている。
それというのもやはりここまで育ててもらった恩というのがあるからだ。
魔王時代は人間なんてはっきり言ってどうでもよかった存在だ。強いて言うなら、聖女に従うだけの脆弱なやつらというくらいの印象だ。
それが、実際に自分が人間たちの中に入ってみると印象がすっかり変わってしまったようだ。ただし、脆弱な奴らという感想だけは変わらず、自分が守ってやらねばと思うくらいだった。
そのため、王都が寄こした使いが乗ってきた馬車に乗る前に、伯爵領に祝福を授けていた。
(これで俺がいなくても、しばらくは安泰だろう。まったく、このように人間を気にかけるようになるとは……。環境次第で変わってしまうということか)
アリエスは王家からの馬車を目の前にして、思わずため息をついてしまう。
その背後からは、育ての親である牧師が近付く。
「アリエス、本当に一人で大丈かい?」
「はい、お爺ちゃん。私なら平気ですよ」
心配そうに声をかけてくる牧師に対して、アリエスはにっこりと微笑んで安心させようとしている。
ところが、王家とアリエスの笑顔という二つが揃ってもまったく安心できないのが親心というものである。できることなら自分もついて行きたいものである。
だが、教会に所属する牧師である以上、安易に今の住処を離れるわけにはいかない。どうしてもというのなら、七面倒な手続きを経なければならない。牧師は同行を諦めるしかなかった。
「ああ、ついて行きたいのは山々なのだが、わしはしがない牧師。娘の晴れ姿を見届けやれぬのは、実に困ったというものだ」
牧師はアリエスに近付いて手を握る。
「アリエス、わしはお前のみをいつまでも案じておる。無事に帰ってくるのじゃぞ」
「もちろんですよ、お爺ちゃん」
アリエスは満面の笑みを浮かべて、育ての親である牧師の言葉に答えている。
この姿を見た牧師は、思わず涙ぐんでしまう。
「もう、お爺ちゃんってば泣かないでよ」
「すまんな、アリエス。年を取るとどうも緩くなってしもうてな」
血のつながりがまったくないとはいえど、こうした姿は本当の祖父と孫といった感じである。
「お別れの挨拶の最中失礼致します。聖女様、そろそろ出発しませんと」
無情にも兵士から声がかけられる。
どんなに名残惜しくても、アリエスは王都に向けて出発しなければならない。
王都で待ち受けているのは、貴族たちとともに受けるデビュタントと、サンカサス王国の聖女としての認定式である。
かつて人間たちに恐れられ、聖女の手によって討たれた魔王が聖女の座につくなど、一体どんな運命のいたずらなのだろうか。
兵士の声に反応するアリエスの笑顔は、なんとも言えない複雑なものだった。
兵士の付き添いで馬車に近付いたアリエスは、乗り込む前に一度牧師へと振り返る。
「聖女様?」
兵士が突然のことに戸惑っていると、アリエスは牧師をじっと見つめ、頭をしっかりと下げる。
「それではお爺ちゃん、行ってまいります」
「ああ、行っておいで、アリエス」
挨拶を終えると、兵士の促すままに、アリエスは馬車へと乗り込んだ。
よく思えば、アリエスにとってはこれが初めての領地の外へのお出かけである。
何度かカプリナと一緒に魔物の討伐には向かったものの、それはすべて伯爵領の中だった。
なので、アリエスの中には久しぶりのよその土地ということで、ちょっとした高揚感があった。
(この伯爵領の外の世界は、転生前以来か……。思えば長い間、ひとところに留まり続けてしまったな)
アリエスはこの十年間を振り返ってみる。
最初こそ人間の女性という状況や、教会の中での生活には戸惑ったものだ。
しかし、それもあっという間に適応してみせるあたり、能力の高さというものが窺い知れるというものである。
適応した結果、魔王としての能力が反転した聖女としての能力を、これでもかというくらいに操れるようになっていた。
これから王都に向かい、その長年の努力が報われることになるのだ。
(ふっ、聖女に討たれたこの俺が聖女とはな。だが、役割を与えられたというのなら、立派に務め上げるだけだ。さて、どんな生活が待っているのやらな、楽しみだぞ)
魔王は聖女として笑顔を保ちながら、心の中では笑っていた。
デビュタントを行うことになるサンカサス王国の王都。
一体どのようなことがアリエスを待ち受けているのだろうか。