第126話 魔王城で食事をする元魔王
魔王城の食堂の中は、ものすごく重苦しい空気が漂っていた。
いくら元魔王とはいえども、現在は聖女であるアリエスを前にしているのだ。緊張するのも当然だというものだ。
「それで、なぜ私がこの席なのですかね」
椅子に腰かけたアリエスが、パイシズの方を見て問いかけている。
座ってから質問をするあたり、律儀なのかもしれない。
「何を仰いますか。魔王様であるのなら、そこにお座りいただくのが当然でしょう。そこは、あのラース以外は誰も座ろうとしなかった席なのですからな」
「そう、ですか……」
パイシズにはっきり言われてしまえば、アリエスは黙るしかなかった。
戸惑いを見せている割に、アリエスは座った魔王の席に、しっくりくる感覚を覚えている。そのため、戻ってきたんだなという気持ちになったという。
「椅子のデザインはどうかと思いますが、アリエス様が座りますとなんだか絵になりなりますね」
「ちょっと、カプリナ様。何を仰られるのですか……。からかわないで下さい」
スラリーを頭に乗せて立っているカプリナの姿を見ながら、アリエスはつい文句を言ってしまう。
一度大きくため息をつくと、テーブルの上をじっと眺める。
目の前の大きなテーブルの上には、たくさんの料理が並べられている。よく見てみると、魔王時代に食べていたようなものではなく、人間たちの食事に合わせたものとなっていた。
「これは、みなさんで作られたのですか?」
「はい、もちろんでございます。魔王様やそのご親友の方に合わせて作らさせていただきました」
アリエスが質問すれば、パイシズからしっかりと答えが返ってくる。
さらに細かく尋ねると、人間の街で生活のしたことのある魔族が勉強してきたことがあるらしい。だから、このような料理を作ることができたらしい。
「わざわざ私たちのために、ここまで……」
アリエスはちょっと感動しているようだった。
「いけませんね。人間になったせいか、ちょっと涙もろくなってしまったようです」
涙がこぼれそうになったために、アリエスは涙をぬぐいながら言い訳をしていた。カプリナはその隣で、アリエスの様子を微笑ましく眺めている。
「それはそうと、そこの兄妹はどうなさるおつもりですか、魔王様」
パイシズが次の話を振ってくる。そこには、ゼラブ国近くで保護した魔族の兄妹が座っていた。アリエスたちと同じ客人扱いということになっているので、この席にいるようなのだ。
「それはボクも気になりますね。魔族というのは基本的に人間とは相いれない存在です。聖女様の判断次第でサンカサス王国としてはどうとでも扱えますからね」
「ここでそういう話はやめて下さい、ヴァコル様」
周りが魔族だらけの状態でも、告げることはしっかりと告げてくるヴァコルである。せっかく和やかになっているというのに、ヴァコルの言葉で空気が凍りついている。
「私としては、私のところで引き取ろうと思います。サハーやライラがいますので、どちらかに他のどこよりも魔族には寛容でしょうしね。私が言えば、問題なく定住することができると思います。ただし、教会暮らしは避けられないでしょうが」
「聖女と一緒に住むことになるのか?」
「場所としてはそうですね。ですが、魔族である以上は監視がつくことになります。しばらくは不便に感じるでしょうが、ご了承下さい」
アリエスが告げると、二人は黙り込んでいる。
「あ、そういえば」
「どうしました、カプリナ様」
「お二人の名前、まだ伺っていませんでしたね」
「そういえばそうでしたね。お名前はありますか?」
二人はアリエスたちの質問に首を横に振っている。どうやら名前はないらしい。
「まあ、そうでしょうな。大抵の魔族には名前などありません。魔王様が引き取られるのでしたら、戻られてからつけられた方がいいかと思います」
「ええ、そう致しましょう。今は食事の時ですしね」
アリエスはくるりと二人を見ている。
「そう不安がらなくてもいいですよ。なにせ、私も魔族時代には名前はありませんでしたからね。魔王の座についてからはずっと魔王と呼ばれていましたから、特に不便はありませんでしたけど」
「アリエス様ってば、そうだったのですか」
「はい、そうです」
アリエスは驚くカプリナに、微笑みかけながらそのように答えていた。
「まったく……、聖女様はいろいろと型に当てはまらない方ですね。ますます興味を持ちましたよ」
アリエスたちの会話を見ていたヴァコルが、にこやかに笑っていた。
長々としていた話も終わり、ようやくアリエスたちは食事を始める。
魔族たちの作った食事ということで、カプリナとヴァコルはかなり警戒しながら口へと運ぶ。
「あ、おいしい」
「これは、城の料理人にも匹敵するくらいの腕なんじゃないですかね」
意外と高評価である。
しかし、さすがにアリエスたち三人はなんとも上品な食べ方をしている。貴族社会で生活しているとだけあって、その所作の美しさというものは見る者の目を奪っている。
「どうかなさいましたか、みなさま」
「魔王様、とても美しゅうございますな。すべてがみなの規範となりましょう」
「みなさまは自由になさって下さればいいのですよ。これは私たち人間たちのスタイルなのですからね」
パイシズの言葉に、アリエスはにっこりと微笑んでいた。
だが、アリエスは気が付いていなかっただろう。この笑顔がまた、多くの者を魅了しているということに。
魔王が持っていたカリスマは、転生しても健在のようだった。




