第120話 覚悟を決める元魔王
「ぐぎゃあああっ!!」
ラースの断末魔が響き渡る。
魔王がキャサリーンに討たれた後、好き勝手に魔王軍を操っていた報いを受けたのだ。
恐怖で支配されていた上に、いいように操られていた魔族たちからは、誰一人として悲しむような声は聞こえてこなかった。むしろ、この結果は当然と言わんばかりに、軽蔑の目を向けていた。
ヴァコルから放たれた炎の槍に焼かれ、ラースはその場で、その野望と共に燃え尽きたのだ。
「終わりました……ね」
アリエスはそのように言いながらも、顔はどことなく悲しそうな表情をしていた。
自分の抜けた後の魔王軍をめちゃくちゃにされたとはいえ、ラースも自分が鍛え上げてきた部下だったのだ。それゆえに、なんともいえない表情なのだろう。
「アリエス様。心中お察しいたしますが、これでよかったのですよ。あいつは力を求めた結果、力に溺れて自分が頂点だと勘違いしていたのです。これは、当然の結果なのですよ」
「そう……ですね……」
サハーに言われても、アリエスはどこか釈然としない様子だった。
たとえ、力におぼれたとはいっても、アリエスにとってはラースもまた家族の一人だったのだから。
そう、あんな魔族でも、救えなかったということがアリエスにとっては心の傷となっているのだ。
「終わったようですね」
ラースへのトドメとなる魔法を放ったヴァコルが、アリエスの隣にやって来る。
ところが、そのヴァコルの表情は険しいままだった。
その理由は、周りの魔族たちの反応だ。
聖女であるアリエスに対して、恐怖するどころか押し黙ったまま跪いているのだ。普通に考えれば、この様子はおかしな話である。だからこそ、ヴァコルは厳しい姿勢を崩さずにいるのだ。
「なぜ、魔族たちが逃げずに聖女様に跪いているのですか」
ヴァコルはとても冷たい声でアリエスに問いかけている。
アリエスは周りの状況を確認した上で、ヴァコルの顔をしっかりと見ている。
ヴァコルの表情は実に真剣そのものであり、アリエスは質問にどう答えたらいいのか、かなり悩んでいるようだ。
悩みに悩んだアリエスは、やむを得ないといった表情でヴァコルの方を見る。
「……分かりました。この場でお話したいですが、一度街の方へ戻ってからとしましょう。こういった説明は、できる限り一度で終わらせてしまった方がいいと思いますから」
アリエスの提案に、どういうわけかヴァコルは戸惑ってしまう。
「アリエス様、さすがにそれは無茶というものです。アリエス様がいらっしゃるからとはいえ、魔族が大量にやってきたら、攻めてきたと判断されるのが関の山ですよ」
横からサハーはもっともな意見を入れている。
さすがはフィシェギルの戦士である。こういう時の状況判断は的確なのだ。
「ですが、全員が私の言うことを聞いているということを見せつけるのが、一番の説得力があると思うのです。私は、この方たちを死なせるわけにはまいりませんから」
「アリエス様……。そのようなお姿になられても、変わらないのですね」
サハーは腕を組んでアリエスを見ている。
そう、昔からアリエスはこういう人物なのである。
聖女たちとの戦いにおいて、一番奥でどっしりと構えていればいいものを、部下たちを危険にさらすことはできないと言って自ら打って出てきては、部下たちを逃そうと必死になる人物なのだ。
そんな人物が聖女となれば、すべての者を救おうとするのは容易に想像できることだったのだ。
魔王の部下としてその性格をよく知っているサハーは、これ以上の口答えは無駄と判断したのだ。
「……仕方ない」
覚悟を決めたサハーは、周りにいる魔族たちに声をかける。
「私たちはアリエス様についていくぞ。覚悟のあるものはアリエス様と私についてくるといい」
サハーの呼び掛けに、魔族たちは全員がこくりと頷いている。どうやら、魔族たちの腹の内は決まっているようだった。
「やれやれ、どんな姿になられても、アリエス様は慕われておりますな。さすがとしか言いようがありません。聖女になられたという現実が、今一度納得できるというものです」
サハーがアリエスの前に跪くと、アリエスはにっこりと微笑んでいた。
そして、一度周囲をゆっくりと見回すと、全員に向かって語りかける。
「それでは、伯爵様たちのところに戻りましょう」
「あ、ああ。そうですね……」
状況がいまいちのみ込めないヴァコルは、アリエスの呼び掛けに気の抜けたような返事をしていた。
これ以上何を言っても無駄という、半ば諦めに近い返事であった。
元凶となるラースと、そのラースをそそのかしていた魔族であるディサイトは確かに死んだ。
しかし、まだゾディアーク伯爵の軍勢と魔族たちの間には、解決すべき問題があるのだ。ラースとディサイトによって操られていた魔族との間で、まだ交戦が続いているのという問題が。
その問題を解決しない限り、この戦いは終わったとは言えない。
アリエスは、自分に課せられた聖女という役目を果たすべく、解決のために真っすぐにゾディアーク伯爵のところへと向かうのだった。




