第11話 知らないところですべてを知られる元魔王
傭兵ギルドから屋敷に戻ったカプリナは、マントを外すと手に抱えて話しかける。
「ここは私の部屋ですから、大丈夫ですよ」
声をかけるとマントがもごもごと動いて、元のスライムの形に戻る。
透き通った空のような色をしているスライムは、それはなんとも不思議な感じだった。
「スライムといえば、恐ろしい魔物だと聞きます。剣では斬れず、打撃も通じず、火魔法や神聖魔法で焼き払うしかないそうですね」
「そうだね。そのとおり」
カプリナが話し掛ければ、スラリーは内容を肯定している。カプリナの知識は間違っていないようだ。
「すらりーは、まおうさまの、ぶか。まおうさま、せいじょにたおされた。でも、いきてる。すらりー、さがした」
「魔王が生きているですって?」
スラリーの言葉を聞いて、カプリナはスラリーの体をぎゅっと強く抱きしめる。
「ですが、今から十年前に、魔王は討伐されたと宣言がなされました。それが嘘だったと?」
「うそじゃない。たおされたのは、じじつ。とどめを、かくにんして、なかっただけ」
「な、なるほどですね……」
スラリーの言い分に納得してしまうカプリナである。
「では、魔王は一体どこに?」
「ちかくに、いるよ。まおうさま、やさしい、だから、わかる」
「……まさか、アリエス様だっていうのですか?」
「あたり、あたり」
カプリナの推理を聞いて、体を揺らしながら喜ぶスラリーである。
言うなといわれていたことを、すっかり忘れてしまっているようである。
「嘘でしょ……。あのアリエス様が魔王? 聖女様ですのに、魔王?」
「まおうさま、にんげんには、ようしゃなかった。でも、まぞくや、まものには、とてもやさしかった。すらりーも、まおうさまの、おかげで、いまもげんき」
カプリナの腕から飛び跳ねて脱出すると、床に降りたスラリーは、縦長になって上の方を後方に反らしている。どうやら胸を張っている表現のようである。
「すらりー、しゃべれるの、まおうさまの、おちから、おかげ。やくめ、はたすと、いつも、ほめてくれた」
スラリーの話は、カプリナにとって新鮮なものだった。
カプリナはスラリーに魔王についてもっと教えてもらいたいと思うようになっていた。
「いいよ。まおうさまの、りかいしゃ、ふえる。すらりー、うれしい」
気分がよくなったスラリーは、アリエスとの約束などすっかり忘れて、カプリナに自分と魔王の関係についてものすごく饒舌になっていた。
すべてを聞き終わった時、カプリナはアリエスの強さについてなんとなく納得がいったようだった。
元魔王であるのなら、魔力は強いし、戦い方も熟知しているはず。なにより、ゴブリンアーチャーの矢に対する反応速度は、どう考えても同い年の少女のものには思えなかった。
「ですけれど、これは他人には言えませんね。スラリー、私以外には絶対言わないで下さいね」
「わかった」
「本当にですの?」
ここまでべらべらと喋ってくれたために、カプリナにはスラリーに対して少し信用できないようである。なので、ものすごい形相で迫っている。
「すらりー、ありえすさまと、かぷりなのみかた。やくそく、まもる」
相変わらずスラリーはぽよんぽよんと体を揺らしながら話をしている。
「とりあえず、お父様、お母様たちにスラリーのことは報告しませんと」
ため息をつきながら、カプリナはどう報告するか迷っているようだ。
聖騎士というものに選ばれたせいか、八歳ながらにもずいぶんとしっかりとした性格になっているようである。
夕食の席で、カプリナは今回の依頼について報告すると同時に、スラリーのことを両親に報告する。
カプリナの両親は当然ながらスライムという魔物がいることについて腰を抜かす勢いで驚いていた。
なので、カプリナはスラリーにお願いして、いろいろとスライムならではの特技を披露してもらった。
マントに化けたり、盾になったり、馬になったりと、スライムのその柔軟性と変化能力をこれでもかというくらいに見せつけていた。
「スライムとは、これほどまでにいろいろと擬態できるものなのか?」
「すらいむ、しだい。きをつけて、ひとにばけて、たべちゃうやつ、いる。すらりーいがい、しゃべれるやつ、いない。そこでくべつ」
「ふむ……、心に留めておこう」
スラリーからの忠告に、伯爵は深く頷いていた。
「しかし、なぜこのスライムはカプリナのところに?」
「アリエスさんのお力です。魔物すらも仲間にしてしまう、素晴らしいお力のおかげです」
カプリナは、アリエスが元魔王だという疑惑は伏せて、聖女の力で改心させたというようなことを説明して、両親をごまかしていた。
聖騎士は聖女を守ることが務めだし、アリエスが元魔王という話は現段階ではまだ疑惑の段階である。それに、ゴブリン討伐の場において守ってもらったことに対する恩もある。だからこそ、カプリナはこのような報告を行ったのだ。
しばらく唸っていた伯爵だったが、自分たちでは娘を守り切れないかもしれない。そのため、スラリーのことを信じることにした。
「スラリーとかいったな。娘の護衛を頼むぞ」
「おまかせ!」
スラリーは体を左右に大きく揺らしている。
かくして、魔王の部下だったスラリーは、カプリナの護衛という新しい任務に就いたのだった。