第107話 対峙する元魔王の部下
ゾディアーク伯爵領へと侵攻している魔族たちは、ずいぶんと気を荒くしているようだった。
その最後尾に陣取るのは、体の大きな魔族のようである。
「ぐふふふ……。俺様を欺こうとしていたようだが、無駄なことよ。俺様がどうしてこの魔王軍をすぐに配下に置けたと思っておるのだ?」
誰に語りかけるというわけでもなく、ただひとりごとを言っているようだ。
こんな大きな声のひとりごとだというのに、周りの魔族は誰一人として反応する様子がない。それどころか、まるで聞こえていないかのように黙ってただ前進するばかりである。
この光景は、なんとも異様な雰囲気だった。
「俺様の動向を調べていたようだが、そんなこと、とうの昔にお見通しだ。まったく、誰も思ってはおらんだろうな。すでに魔王軍のほとんどが、この俺様の術中にはまっているなど」
行軍する魔王軍の軍勢を見てみると、そこにはピスケースの姿があった。彼もまた生気のないような顔つきをしており、ただ黙ってサンカサス王国のゾディアーク伯爵領を目指している。
「アリエスとかいったか、新しい聖女とやらは。まさかあのフィシェギルを助けて、自分の配下に置くとは思ってもみなかったぞ」
巨大な魔族は、ちらりとピスケースの方を見ている。
「あれの父親であるパイシズとかいう参謀はほとんど効かなかったが、息子は面白いくらいに術が効いたな。くくくっ、あの者の言う通りだ。おかげで、俺様は時間をかけずに前の魔王の残した魔王軍をこの手に収めることができた。実に素晴らしいというものだ」
にやりと笑っていたかと思えば、急に表情が険しくなる。
「だが、ライラとかいったか。あの魔族はよりにもよって裏切りおって……。聖女の言いなりになりおってからに」
どうやら、諜報として送り込んだライラの行動にかなり怒っているようである。
「聖女が住むとかいう街に住みついていて、なかなか戻ってこないとは、もはや俺様たちを裏切ったと見ていいだろう。せっかく聖女を不在になるように仕向けたのだ。その間に皆殺しにしてくれよう……」
ここまで言い切ると、全軍に対して号令を出す。
「我が配下どもよ! これよりサンカサス王国を滅ぼす行動に出る。陽動によって聖女は今は不在だ。この間に人間どもと裏切り者をすべて始末してくれよう!」
「ははーっ! 魔王様のために!」
どことなく抑揚のない声で、魔族たちが返事をしている。
その返事を聞いた巨大な魔族はにやりと笑っている。
もはやほとんどの魔族が自分の配下に収まっているのだ。これほどまでに壮観なことはないだろう。
その満足感と優越感に浸りながら、にやついた顔で一番後ろで鎮座している。
「くくくく……。俺様たち魔族の恐ろしさ、たっぷり見せつけてやろう。そして、絶望する顔をぜひとも見せてもらいたいものだな。ふはははははっ!」
巨大な魔族は、すでに勝ったつもりで大笑いをしているのだった。
―――
その頃のゾディアーク伯爵領では、魔族たちを迎え撃つべく、防御陣が急ピッチで整えられていっていた。
アリエスに忠誠を誓ったサハーや、諜報のためにやってきていたライラも、伯爵領を守るために一緒になって迎撃の準備を手伝っている。
「まさか、このようなことになるとは思ってもみませんでしたな」
「まったくだわ。この分であれば、ピスケース様もあいつの手に落ちていたとみて間違いないでしょう。あんな単細胞なやつに、そんなことができるとは思えませんから、そそのかした者がいるはずです」
「……私はあまり内部事情には詳しくないのですが、やはり、魔王様が亡くなられて、かなり混乱していたということなのですな」
「そういうことですね。その混乱に乗じて、あれをうまく口車に乗せて魔王へと担ぎ上げたのでしょう。私も諜報活動でよく外に出ていましたので、戻ってきた時にはびっくりさせられたものですよ」
サハーとライラは、話をしながら防壁を築いていっている。
「あの、お二人って、もしかして……」
「私たちは、とある聖女によって倒された魔王様の部下ですよ。今回の事態は私の失態によって引き起こされたようですからね。まったく、パイシズ様の息子ということで油断させられました。ピスケース様まで暗躍者の手に落ちているとは……」
心配そうに見ているカプリナに、ライラは正直に答えていた。もう隠す必要はないと判断したのだ。
しかし、さすがにアリエスがその元魔王の生まれ変わりということまでは話さなかった。勝手に話しては迷惑になるのは分かり切っているからだ。
「でも、どうして魔族が私たちの味方を?」
カプリナは素直な疑問をぶつけてくる。
「それが、私たちの仕えた魔王様のご遺志だからです。あの方は、とてもやさしい方でございました。勝手に人間に対して攻撃を仕掛ける魔族たちの報告を聞くたびに、そのお心を痛められていましたからね」
「あの方は、どんな魔族にでも手を差し伸べられる優しい方でした。私やスラリーが魔王軍にいられたのも、あの方のおかげなのです」
「それゆえ、あの方の残した魔王軍を好き勝手にする今の魔王には、正直言いまして、腹が立っております。だからこそ、私たちはカプリナ様たちの味方をするのですよ」
「そ、そうなのですね……」
カプリナはまだ信じられないといった表情である。
しかし、そんな迷いを抱き続けている状況ではない。
「さあ、もうやつらは目の前まで来ています。カプリナ様は私たちの後ろで、みなさんを支援して下さい」
「分かりました。アリエス様が戻られるまで、絶対持ちこたえてみせます」
カプリナの言葉に、ライラとサハーもこくりと頷く。
魔族たちの軍勢はもうそこまで来ている。
戦いはもう目の前にまで迫っているのだった。




