第101話 飛び出す元魔王
ライラと話をした日の夜のこと、アリエスは自室で一人悩んでいた。
「う~ん。困ったものですね……」
こんな風に漏らすのも無理はない。ライラから聞いたのは、現魔王による侵攻計画だったからだ。
(あやつも力を見込んで俺が引き込んだやつだからな……。いやはや、野心は分かっていたが、俺の死後にその座をかっさらうとは思ってもみなかったな……)
アリエスは現在の魔王の行動に後悔させられるばかりである。
なんといっても、アリエスが魔王だった頃、現在の魔王は一介の魔族の兵士に過ぎなかった。自分に対して従順に行動していたので、心の内に大きな野心を秘めているとは思ってもみなかったのだ。
(そういえば、あやつは聖女キャサリーンたちが攻め入ってきた時、城の中にいなかったな。あやつが招き入れたとは考えられないだろうが、情報を流すくらいはしたかもしれんな)
自分が拠点にしていた城は、キャサリーンの国であるテレグロスからはかなり近い。山を越えればすぐに到達できるような距離だったのだ。
そんなわけだから、間に挟まっているゼラブ国の神官だったアクアと接触して、子を成すに至ってしまった。だが、正直それは納得のいく話ではなかった。
ちなみに、そのことはライラと話をしている間に確認してみた。
そうしたら、ライラはこう言い放ったという。
『ないとは言えませんね。特にアリエス様ほどの強い魔力がありましたら、他人に何らかの影響を及ぼしても不思議ではございません』
なんともまあ、アリエスならありえるという返答だったのだ。
ついでにこうも言われていた。
『それに、アリエス様の魔力は、魔王時代から優しさにあふれるものでしたから、神官とも相性がよかったのでしょう。特に看病でつきっきりだったのであれば、否定はできませんね』
なんとも耳を疑いたくなる証言だった。
聞けば、そういう事例は過去にもなかったわけではないらしい。
ゼラブ国に意識が向いて、ふと思い出してしまった話に、アリエスは強く首を左右に振っている。
「いけませんね、今はそれどころではありません。今回のライラのお話、どうにかしてゼラブ国に伝えませんと。戻ってきたばかりゆえに、また出かけるのもどうかと思いますし……。なにより、私はあいつと顔を合わせたくありません。きっと、怒りで我を忘れてしまうでしょう」
アリエスが警戒するのは、現在の魔王の話だ。
自分が目をかけていた魔族の一人でありながら、自分のいなくなった魔王軍のすべてをかっさらっていった人物だからだ。
魔王軍の魔族たちは、アリエスが手塩にかけて育ててきた固い絆で結ばれた者たちだ。それを私利私欲のために利用されようとしているのだから、アリエスはきっと感情を爆発させてしまう、そう考えているというわけだ。
しばらくの間、アリエスは悶々と考え込んでしまっている。
「仕方ありません。知ってしまった以上は、私が動くこととしましょう」
アリエスは結論を出していた。
普通ならば、その国の聖女に任せておけばいい話だ。だが、エリスは自分にとっては娘である。アリエスは放っておけないのだ。
机に向かうと、アリエスは書置きを残そうと筆を執っていた。
「これでよし。あとは足を確保しませんとね。私の今の体では、移動はとても困難です。となると、やはり……」
アリエスは教会の中をこっそりと抜け出していく。
そうしてやって来たのは、ゾディアーク伯爵邸だ。人の目を盗むようにして、アリエスは馬小屋にやってきた。
いざ、馬を借りようとした時だった。
「アリエス様」
「ひっ!」
突然、声をかけられたので、アリエスは思いっきり声を出してしまっていた。
「しっ、アリエス様。私です、カプリナです」
「か、カプリナ様? 驚かせないで下さい」
カプリナの姿を確認して、アリエスはほっと胸を撫で下ろしている。
「カプリナ様、どうしてこちらに?」
「それは、スラリーのおかげです」
「ありえすさま、うま、のる。だから、かぷりな、つれてきた」
「そう、スラリーでしたか。カプリナ様、白い馬をお借りしてもよいでしょうか。私がよく乗っていたあの子です」
「はい、構いませんよ」
アリエスがの頼みを、カプリナは聞き入れてくれたようだ。
「お話は聞いております。魔族の侵攻ですよね」
「どうしてそれを?」
カプリナの言葉に、アリエスは驚きを隠せない。
「すらりー、おみとおし。えっへん」
どうやら犯人はスラリーのようである。
そういえば、スラリーも魔王軍では諜報を担当していたのだ。このくらいできても不思議ではないだろう。
話もほどほどに、アリエスはカプリナの案内でよく乗っている葦毛の馬のところにやってくる。
「さあ、アリエス様の頼みです。よく聞いて下さいね」
「ぶるるっ」
馬は静かにするためか、控えめに鳴いていた。
「行ってらして下さい、アリエス様。こちらのことは私たちにお任せを」
「ありがとうございます。では、参りますよ」
アリエスが馬にまたがる。
その時だった。
ぶわっ!
アリエスの目の前で、馬の背中から翼が生えたのだ。
「これは、ペガサス……?」
「まさか、そんな……。ただの葦毛の馬だったのでは?」
アリエスもカプリナも、びっくり仰天である。
だが、空を飛べるということは、移動がとても楽になるのは間違いない。アリエスは表情を引き締める。
「なんだか分かりませんけれど、好都合です。参りましょう、目指すはゼラブ国です」
アリエスの合図で、ペガサスは馬小屋から外へと移動していく。
「カプリナ様、スラリー。こちらのことを頼みましたよ」
「はい、アリエス様。お気をつけて!」
アリエスが声をかけると同時に、ペガサスは翼をはためかせ、月が輝く夜の空に舞い上がっていった。




