第10話 昔の仲間に手を焼く元魔王
魔物の討伐を終えて、アリエスとカプリナは傭兵ギルドへと戻っていく。
その最中、カプリナはアリエスに対して謝罪をしてきた。
「アリエス様、今回は申し訳ございませんでした」
突然頭を下げられて、アリエスはついきょとんとした顔をさらしてしまう。
「聖女様をお守りする聖騎士でありながら、その聖女様に守られてしまうなんて、情けなく思います」
どうやらカプリナは、アリエスが矢からかばったことを悔いているようなのだ。
だけど、アリエスは別に気にしていない。
自分が人間になってみて、どれだけ非力かということを嫌というほど思い知らされたからだ。
魔族であれば八歳といえばまだまだ赤子ではあるものの、自分一人で生きていくことを突きつけられる。
魔王であったアリエスはそのことを踏まえた上で、先程は自分にゴブリンをすべて引き寄せたのだった。
「カプリナ様はまだまだ幼いのです。無理をする必要はありませんよ」
「ですが……」
カプリナはアリエスの言葉に口答えをしようとするものの、アリエスは先に手を打つ。
「ですから、この子をお渡しします」
「わっと!」
アリエスから急に手渡されたスラリーに、カプリナは驚いている。
「ありえすさま、すらりーは、じゃま?」
「違いますよ。私は十分守られていますから、それほど心配がないというだけです。スラリーはカプリナ様を手伝って下さい」
「むむむ、わかった。このこをたすければ、いいんだね」
「ええ、お願いしますよ。カプリナ様が自信をつけるまで、しっかりと守ってあげて下さい」
「わかったー」
アリエスの言い分を、どうにかスラリーは理解してくれたようだ。こういう理解力が乏しいのが、スラリーの欠点なのである。
話を終えたスラリーは体を左右に揺らしながら、カプリナの方を見ている。いや、目がないので見ているかどうかは分からない。でも、感覚的にカプリナは見られていることを感じ取っているようだった。
「よろしく、かぷりな」
「よ、よろしくお願いします。えっと、スラリーでしたね」
「うん」
スラリーは体をぶよんぶよんと揺らしている。そうかと思えば、ぴょんとカプリナの頭に乗っかった。
「あ、軽い」
手に持った時に結構ズシリときたので、カプリナは頭に乗られて怖いと思ったのだが、意外と重さを感じないものだった。
「すらりーは、おもくなーい。ここでかぷりなを、まもるのー」
スラリーはやる気満々のようだった。
護衛でついて来ていた騎士たちは、まだまだ理解に苦しんでいるようだった。
魔物であるスライムと聖女と聖騎士が仲良くしているという現実が、なかなか受け入れられないようなのだ。
いろいろとあったものの、ひとまずは傭兵ギルドに出向いてゴブリン討伐の報告をする。その時にも、ちゃっかりスラリーは注目の的となっていた。
「はい、確かにゴブリンの討伐はできてるね。その年で大したもんだ」
傭兵ギルドの受付は、アリエスとカプリナを見ながら感心している。
「それはそうと、その頭のスライムは何なんだ?」
「ぷるぷる、すらりーは、わるいすらいむじゃ、ないよ」
「……こいつは驚いた。喋るのか」
「はい。ゴブリン討伐の時に助けていただきましたし、この通り喋りますので意思疎通ができます。決して悪いようにはならないかと思います」
アリエスが説明すると、傭兵ギルドの受付はものすごく険しい顔をしている。
ずいぶんと唸っていたようだが、やっとのことで結論を出していた。
「よし分かった。その代わり、そのスライムは嬢ちゃんたちで面倒を見てくれ。傭兵ギルドにはテイマーはいないんでな」
「分かりました。では、私たちで面倒を見させて頂きます」
スラリーを取り上げられずに済んでほっとするアリエスである。
人語を理解し話すことのできるスライムなど、取り上げられて調べられるのではないかとふと思ったからだ。
「そうです。お願いを申し上げてもよろしいでしょうか」
「おう、可愛い嬢ちゃんたちの頼みなら何でも聞いてやろう」
受付の職員は真面目な顔で答えている。
「そんな大したことではありません。このスライム、スラリーと申すのですけれど、いかなる方にも手出しをしないように通達を出してほしいのです。聖女アリエスと聖騎士カプリナの連名でお願いすれば、聞いていただけるでしょうか」
「なんだ、そんなことか。俺たちだって聖女と聖騎士に手を出すようなバカな真似はしねえよ」
職員は即答している。
「だが、万一にもいないとは限らない。念には念を入れておこう」
どうやら、通達を出すことを了承してくれたようだった。
「よかったですね、スラリー」
「すらりー、うれしい」
カプリナの頭の上で踊るように動くスラリーである。
「あの、髪の毛が乱れるので、やめて下さい」
「あらカプリナ様、これは失礼しましたわ。スラリー、頭から降りなさい」
「えー……」
アリエスに降りるように言われて、スラリーは不満そうだった。
「スライムは擬態の名手ですよね? マントとかに擬態すればよいのではないですか?」
「あ、そっか」
スラリーは思い出したかのように、カプリナの体を守るマントへと変化する。
「これでどう?」
「いいかと思いますよ」
「こいつは頼りになるスライムだな。よかったな、嬢ちゃん」
「はい、そうですね」
カプリナはなんとも恥ずかしそうだった。
カプリナの焦りから始まった魔物討伐ではあったものの、思わぬ再会などいろいろと収穫のある出来事となった。
このスラリーとの出会いは、アリエスとカプリナにとって大きな転機になることは間違いないだろう。