第1話 魔王、転生す
以前、この世界には、世界をわがものにしようと企む恐ろしい魔王が存在していた。
悪逆、残虐の限りを尽くした魔王も、当時の聖女とその護衛を務める騎士たちの手によって討たれた。
その記念すべき出来事も、今から十二年も前になる。
そして、聖女たちに討たれた魔王は今どうなっているかというと……。
「はい、これでしばらくすれば作物が育つようになるでしょう」
「おお、ありがとうございます、聖女様」
「いえ、これが私の務めですから」
なんと、こともあろうか聖女として人間に転生していたのである。
風になびく長くきれいな金髪。吸い込まれそうなほどにきれいな青色の瞳。
白を基調とした金色の縁取りがまぶしい聖女のローブをまとった、今年十歳を迎える少女。それが、かつて人間たちを恐怖に陥れていた魔王の現在の姿である。
少しやせてはいるものの、見るからに美少女といった感じである。
なぜこのようなことになったかというと、魔王が討たれた時にまでさかのぼる。
魔王はその居城たる深淵の森の奥地で聖女たちを待ち構えていた。
当時の聖女の力でもって、魔王の配下たちの力は制限されてしまい、取り巻きである騎士たちに次々と討ち取られていく。
バフとデバフを同時に展開しながら、状況をしっかりと見極めながら的確に指示を出していく聖女というものは、魔王にとっても脅威そのものだった。
だが、魔王たる者、どっしりと落ち着いて構えていなければならない。冷血冷徹で悪逆残虐である魔王ゆえに、部下の助けにも打って出られなかった。
「はあ、きついな。非情な魔王を演じるのも限界だ。これ以上好き勝手にさせてたまるものか」
これ以上大事な部下たちを失わせるものかと、悩み抜いた魔王は自分から打って出ることにした。
「これ以上進ませてなるものか!」
「魔王様は俺たちが守る!」
人間に対してはそれこそ容赦のない魔王ではあったが、手下たちにはかなり慕われているようだった。
だが、そんな魔族たちに対して、聖女たちの容赦ない攻撃が加えられる。魔王の手下である魔族たちは危機に陥っていた。
「お前たち無事か!」
「ま、魔王様?!」
手下の魔族たちの危機を救ったのは、他でもない魔王だった。
聖女たちの攻撃をはねのけ、カリスマたっぷりに現れたのだ。
「よくここまで耐え抜いてくれたな。もう俺のことはよい、お前たちはさっさと避難しろ」
「で、ですが、魔王様!」
「なに、俺の命ひとつで多くの魔族を救えるのならその方がいいだろう。俺の業をお前たちが背負う必要はないからな」
「ま、魔王様……」
魔王の決意のこもった言葉に、魔族たちは残る者と逃げる者に分かれた。
魔王の出現に、聖女たちの攻撃は激しさを増す。
互いの意地がぶつかり合った結果、最終的に魔王は敗れ去る。
聖女たちもかなりの犠牲を払いながら、魔王を討ち取ったのだ。
こうして、人類の敵である魔王は聖女の手によって死んだはずだった。
ところが、魔王は次の瞬間信じられないところで目を覚ます。
「なんだ、ここは」
気が付けば、空の色が白い、一面の花畑の中に倒れていた。
目は開くし体だって動く。花の香りだって感じられる。なんとも不思議な空間に、魔王はいたのだ。
「よく目を覚ましたな、魔王」
「お前は、神か?」
白いひげのいかにもといった感じの姿の爺さんが現れる。
魔王は思わず問い掛けてしまう。
「いかにも。わしがこの世界の神だ」
そこにいたのは、確かに神だった。
「神が俺に何の用だ」
「うむ。お前さんの実力がもったいないと思ってな。わしの手で第二の生活を謳歌させてやろうと思ったのだ」
「はっ、魔王たる俺に何を言ってやがる」
魔王は神の話を鼻で笑っている。
「お前さんの持つ力は、魔王では半分も発揮できておらん。わしがその力を十分に発揮できる環境に転生させてやろうというのだ」
神の言い分に、魔王はちょっと心が揺れた。
自分の力はまだまだこんなものではないと聞かされると、興味が湧いてきてしまったのだ。
悩んだ結果、魔王は神の提案を受け入れることにしたのだ。
「本当に俺の実力を十分に発揮できるのだろうな」
「もちろんだとも。今までの倍以上の活躍ができることは間違いなかろう」
「くくく……。ならば世界征服すらも可能ということか。実に楽しみというものだな」
「ほっほっほっ、野心の大きなことだな」
悪い顔で笑っている魔王ではあるが、神はなんとも楽しそうに笑っていた。
何度となく頷いた神は右手に持った杖を大きく掲げ、なにやら魔法を使い始める。
「赤ん坊からのやり直しだが、おぬしならどうとでもなろう。今度こそ幸せになれること、わしは願っておるぞ」
「おい、ちょっと待て。赤子からのやり直しとは、どういう……」
魔王が言葉を言い切る前に目の前は白い光に包まれ、魔王の意識は再び途絶えてしまった。
光が晴れた時には、魔王の姿はそこにはなかった。
「ふぅ、これで今度こそ大丈夫なはずだ。あの者は、魔王にするには少し優しすぎた」
魔王がいた場所を見つめながら、神はぽつりと呟いたのだった。